朝から爽やかに雀の鳴く声が聞こえて、はむくりと起き上がるとベッドにおいてある携帯を片手にメールを打ち始める。 今日はいつもの休日とは違いにとって特別で、それは恋人である雲雀の存在が不可欠でどうしても彼と連絡を取らなければいけなかった。 GWももう最終日という五月五日、この日はこどもの日というだけではなく付き合っている雲雀の誕生日でありケーキを用意して驚かせようと思った。 「とりあえずは自宅……かな。いなかったら学校にいこう」 素早く着替えて自転車にまたがり雲雀の家を目指すが、以前雲雀の家に行ったときには雲雀本人がバイクで載せて行ってくれた為道順は覚えているつもりだ。 空はの心と同じくらいに青空が澄み渡っていて、気持ちよく自転車をこぎ出した。 家を出てから三十分ほどで目の前に大きな門構えの日本家屋が姿を現し、は自転車を降りるとチャイムに手を伸ばした。 「……入れば」 いきなり横合いから声がしたかと思うと、雲雀が眠そうに欠伸をしながらこちらを見ていては小さく笑みを浮かべて大きな門をくぐった。 「君、朝からなんでそんなに元気なの」 「雲雀の誕生日だからだろ、ちゃんとケーキも用意して来たぞ」 朝からメールをしたのが気に食わなかったらしく、雲雀はじろりと睨んできたが誕生日という言葉を聞いた瞬間に動きが止まった。 「ちゃんとメールしただろ。家にいるか?って。返事もらってないけど」 確か以前に学校が休みだから覚えていると聞いた気がするのだが、聞き間違いだったかと思えば雲雀は嬉しそうな笑みを浮かべた。 「ふぅん。君ちゃんと覚えてたんだね」 「……お前、人を何だと思ってんだよ。そんなこと言うとケーキ一人で食うぞ」 ちらりと雲雀を見ると楽しそうなものを見たような顔をしていて、大抵そんな顔をしている時にはよからぬ事を考えている気がする。 が身構えていると雲雀はさっさと自宅へ入っていってしまい、は慌てて雲雀の背中を追って家へと足を踏み入れた。 「誰もいないのか?」 「他は出かけてるから僕だけだね。気楽にしてなよ」 雲雀は縁側に腰掛けるとちらりとを見ると、ケーキの入った箱に視線を移した。 「朝からケーキって胃がもたれそうだよね」 「今から食うとは言ってないだろ」 抗議すると嬉しそうに目を細める雲雀がいて、こうも穏やかな雲雀を見ていると学校での暴れぶりが嘘のような気さえしてくる。 それに普段と印象が違うのもきっと制服を着ていないからだと思い至り、まじまじとラフな服装をしている雲雀を見つめてしまった。 白のワイシャツにジーンズを緩く着崩しているのがやけに格好良く見えて、は雲雀から視線を逸らして庭を見ると隣の雲雀が動いた気配がした。 「雲雀?」 「君はいつまで僕を苗字で呼ぶの?」 「え?」 いきなりの冷たい視線がを捉えたかと思えば、するりと雲雀は横をすり抜けて奥の部屋へと消えてしまい、しばし呆然としたが慌てて雲雀を追いかけた。 「恭弥っ、どこに」 「どこって此処だよ。咽喉渇いたんだけどまさか君に入れさせるわけにもいかないでしょ。仮にも客人だしね。君もしかして僕が君を置いてどこかにいくと思ったの?」 隣の部屋でのんびり急須にお湯を入れる雲雀の姿に脱力したが、ならどうして何も言わず言ったのかと恨みがましく思ってしまう。 だが、思い返してみれば告白する前からの苗字呼びは、付き合ってからも止める事なく続いていてもしかしたら雲雀は名前で呼んで欲しかったのかと思い至った。 「?」 「……ごめん。でも恭弥も俺のこと名前で呼んだりしないよな?」 雲雀が他人を呼ぶときはフルネームで呼び捨てか、君とかしかないような気がして名前で呼ぶぐらいしか思いつかない。 「今呼んだでしょ。それに、どうしてが僕のこと名前で呼ばないのに、僕が名前で呼ばなければいけないの」 何か理不尽な事を聞いた気がするのに頭がついていかなくて、ちらりと雲雀を見ると急須に湯のみを乗せた盆を持ってこちらを見つめていた。 「……もしかして名前で呼べば恭弥も名前で呼んでくれたのか?」 「君の名前好きだから呼びたかったのにね。ほら、縁側行くよ」 名前くらい呼びたかったら勝手に呼んでそうなのに、変なところで意固地になっている雲雀が何だかおかしいような雲雀らしいような気がしては苦笑を漏らした。 付き合えることになって喜んでいたけれど、それだけではなく雲雀の中に自分の場所があると言われているような気がして嬉しくなる。 だが、今日は雲雀の誕生日だから自分が喜んではいられない、何かせねばと思ったが当の本人はゆったりと縁側で寛いでしまって仕事はなさそうに見えた。 「恭弥、何かして欲しい事ないか?」 「ないね」 「いや、誕生日だけど俺プレゼント用意してなくて」 ケーキでいっぱいいっぱいだったと苦笑すれば、雲雀も仕方ないとばかりに笑みを浮かべて優しい声音でおいでとを呼んだ。 何か思いついたのかと近くに寄ったの耳に、心地よい声が直接注ぎ込まれる。 「これでいいのか?」 「僕がいいって言ってるんだからいいよ。それともはこれじゃ物足りないの?」 の膝に頭を乗せている雲雀は意地悪そうに笑うと、の頬に手を添えてするりと親指の腹で頬を撫でる。 所謂膝枕を望んだ雲雀だが、はこちらの表情を全て見られていて落ち着くどころか、先ほどから視線が泳いでいた。 「物足りないって訳じゃないけど、恥ずかしいというか……」 「ふぅん。ならこれでいいでしょ」 言い終えるなり雲雀はの首の後ろに手を回して、思い切り引き寄せて唇を己の唇で塞いだ。 驚いて目を閉じる事も出来ないを笑うように、雲雀も視線を合わせたまま瞳を閉じようとしない。 気が済んだのか雲雀が唇を開放する頃には、の息が上がっていて恨みがましく雲雀を睨んだが効果はなかった。 「恭弥っ、お前な」 「、大切な事忘れてるよ。僕に言う事あったでしょ」 言われて気付いたがなんとなくそのまま言ってやるのは癪で、は暫く考えるとにやりと笑みを浮かべて恭弥に顔を近づけた。 「誕生日おめでとう。恭弥、愛してるよ」 「当然でしょ」 ニヤリと笑った雲雀に嫌な予感がして顔を遠ざけたが、捕まる方が早くて本日二度目の唇を奪われた。 これから先もこうして二人でいられたらいいと思いながら、は静かに瞳を閉じた。 ー幕ー |