「延王。朝ですよ」 柔らかな日差しと、柔らかな声に尚隆は目を開けると、陽光の中で微笑む麗人が座っていた。 名を、 六官長の一つ、式典・礼典・祭典を司る春官であると言う事で、尚隆が付けたものだが実際は男であるが、物腰や顔立ちから姫と呼ぶには相応しい。 字を賜った時は驚いてはいたが、本人がすんなりと受け入れたので他の官達にも定着してしまった。 「最近は台舗と揃って朝議をさぼり過ぎです。今日は出てくださいね」 尚隆が着替えをしている間に、は尚隆の髪を梳いて組紐で括りながら言えば、飄々とした返事が返って来た。 「ここは俺がいなくても成り立っているだろう」 「それとこれとはまた違います」 小さく息を付いて、は立ち上がった。 「あまり官を頼ってはなりませんよ。私も放浪癖が抜けた訳ではありません」 「おい……」 引きつった尚隆に、はあるかなしかの笑みを浮かべた。 は元々海客で、拾ってもらった人から言葉や文字を教えてもらい、舞や楽で金を稼ぎながら諸国を放浪していたのだ。 たまたま関弓に来た時に尚隆に気に入られ、元々持っていた人を引きつけるカリスマ性と楽の才能に加え、政治的才能を見出され春官を任ぜられた。 それでもたまに、生活に必要な金と、楽に必要な手持ちの楽器類だけを持って、自由に旅をしたいという欲求は強いらしい。 帰ってくる保証があるならまだしも、にその保証がないので、必死で口説き落とした尚隆も何時いなくなるのか不安になることがある。 拗ねて好きなところに行けと冗談でもその一言を言えば、間違いなく出て行って<しまうのだから、大人しくしておいた方がいい。 しかも氾王も奏王も「延王に飽きたら何時でも来い」、と口説いて来るので流石の尚隆も今回は手を上げた。 「解った解った。今日こそは出る」 「ではお先に行ってお待ちしております」 はくすくすと笑うと、流れる所作で一礼してそのまま尚隆の部屋を後にして、次の部屋へ向かう。 この国の二本柱である王と台舗を起こして回るのが、の日課になっていた。 「台舗起きて下さいませ」 幸せそうな寝息を立てる子供は、起こすのが可哀想になる事もある。 しかし、見た目はともかく、既に中身は有に五百歳を越えているのだ。 ただでさえ、女官達も女怪も一緒になって甘やかしているので、一向に中身が成長していない。 「何時までも子供ではないのですから、早く起きてくださいませ」 「うぅん……」 「子供らしく唸ったところで、起きなくてはならないのですよ。起きて下さらないのならば……」 急にすっと低くなった声に、今まで夢の中にいた六太も流石に飛び起きた。 「お……おはよう……」 「おはようございます。台舗」 満面の笑みを浮かべるは、神々しい神の威光を持っていたが、さながら地獄の番人の様にも見えたという。(六太談) |