夜の帳が降り、耳が痛くなるほどの静寂の中で、は独りの男の腕の中にいた。 を抱いているのは、雁国の王、尚隆である。 起きて見れば既に真夜中、記憶を辿っても最後に居たのは確か欄干だった。 打ち寄せる波を見ながら、書類を書いていたのだが、途中で寝てしまったらしい。 だが、何故王の私室にいるのだろうか。 起こさないように、はそっと腕を退けようとしたがしっかりと回された腕は、ぴくりとも動かない。それどころか、逆に強く抱き締められた。 「起きていらっしゃるのでしょう?」 とが聞けば、尚隆は僅かに目を開けて悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「嫌か、一緒に寝るのは」 言われては困った笑みを浮かべた。 「明日も仕事がありますし、何もされなければ嫌ではありませんが……ここに運 ぶよりも私の部屋の方が近かったでしょう」 「確かにな。ただ何もない、殺風景な部屋に置いて行くのが偲びなかっただけだ」 「好きであの部屋を借りているわけですし、不自由は無いのですけれど」 「そうか」 体を引き寄せられて、口唇に口付けられれば抵抗する事無く、すんなりと受け入れた。 付き合っているわけではない。しかし、ただの上下関係とは言えない。 四百年間、中途半端な関係が続いていた。 何度か体を重ねた時も有るが、かと言って尚隆からはっきりと好きだと言われたことも無いし、拒絶したことも無い。 じゃぁ、自分が尚隆を好きなのかと問われれば正直困る。 嫌いかといわれれば嫌いではないが、ならば好きかいわれれば頷くだろうがそういう意味ではない。 ぼうっと考えていると、するりと舌が入り込んできたので軽く噛んでやった。 「調子に乗らないで下さいませ。何もしなければと申し上げたでしょう」 言えば、深い溜め息をつかれた。 「つれない。昔は素直だったのにな」 「性格はここ四百年変わっておりませんが。明日の朝議に出られなくなるので早く寝てください」 「この前出たばかりだぞ」 「普通は毎日出るものなのです」 「なら出てやるから、お前は明日の仕事はサボれ」 言われた意味にぎくりと体を強張らせると、対する尚隆は笑みを深くした。 「あの……来月にはまとめなければならない書類があるのですが……」 「明日できることを今日するなというだろう?」 はぁ、と溜め息を付くが、もう逃れられないだろう。 「今日だけですよ」 尚隆の深い口付を受けながら、は目を閉じた。 |