春眠 暁を覚えず

「付き合え」

 唐突にやって来て、そう言った尚隆には溜め息をついた。

 少し来いと言われても、この時期は畑作の始まり等もあり、こまごまとした式典があ る。

 それらを纏める春官長のは正直忙しい。

 しかも今は小宗伯もおらず、今日中に山積みの書類を片付けなければならないのだ。

「失礼ですが、延王にも確か同じぐらいの片付けるべき書類があったように思いますが」

「うっ……」

 嫌なことを思い出したと言わんばかりの顔に、は溜め息を付いた。

「そんなことですから朱衡様が……」

「いや、朱衡に許可は貰って来た」

 にやりと笑って見せた尚隆に、は疑いの眼差しを向ける。

 あの朱衡があっさりと許可など出すのだろうか。ただでさえサボリ気味のこの王に。

「むしろ、を連れ出すよう、朱衡に頼まれたぐらいだ」

「何故私を連れ出さねばならないのですか?」

 話しながらも再び書類に目を落とし、はさらさらと筆を走らせる。

 しかし、ひょいっと筆を取り上げられ、非難の眼差しを向けると反対に溜め息を付かれ た。

「『この時期の春姫が怖い』と六太も小宗伯も洩らしていたからな。お前は元々官職が嫌 いだろう? この時期は春官長の仕事は多いし、だからと言って投げ出すわけには行かぬ。 それがあからさまに顔に出ているぞ」

「その職に就けた方が良く抜けぬけと言いますね」

「悪かった。だが根詰め過ぎだろう」

 確かに最近、日に日に機嫌が悪くなっているのは自覚していたし、部下が話しにくそう だった気がしないでもない。

「解りました。お言葉に甘えましょう」

 言えば尚隆は満足そうに笑い、ふわりとを抱えあげる。

 はじっと尚隆を睨んだが、尚隆は笑みを深くしただけであった。

「漉水の辺りに行くか。丁度、桜が見頃だろう」

「そうですね」

 横抱きにされたまま、尚隆は中庭に向かった。

 既にたまが控えていて、二人で座った所で勢い良く空へ飛び立つ。

「向こうに着いたら笛を聞かせてくれ」

「いいですよ。きちんと持って来ているようですしね」

 きちんと腰に提げている酒瓶を見て、は笑った。

「少し寝ていろ、起こしてやる」

 たまの背は振動もなく寝るのに丁度良い。最近徹夜で寝ていなかったは、その言葉に甘えて尚隆の首筋に頭を乗せると落ちぬように腰に腕が回される。

 完全に寝る体制が整い、はゆっくりと目を閉じる。

「普段からそう素直ならば良いんだがな……」

 寝る前に聞こえた声は、聞かなかったことにしておこう。

〜Fin〜

Back