共に行こう

「これから、季卿と人界に降ります」
 にこやかな紅竜王の言葉に、は目を瞬かせた。
 現在、水晶宮にいる竜王は紅竜王と黒竜王の二人だけである。青竜王は赤城王との戦いで人界の宋の時代に落ちてしまった。そして、白竜王が一人で大丈夫だと青竜王を探しに出かけているのだ。
 そんな中で、残る竜王も人界に出かけるとはどういうことか。
 真偽は解ってはいないとはいうものの、青竜王の不在は天界ではすでに知られており、先ほども相柳が探りを入れてきた。
 そんな状態で二人して出かけるとはどういうことか。
「白竜王様に何かあったのですか?」
 もしかして、という可能性として聞いてみたのだが、それは呆気なく否定された。
「叔卿は大哥と無事に会えたようですよ」
 その言葉でほっと胸を撫で下ろしつつ、紅竜王の様子から人界行きを提案したのは黒竜王だと解った。
 人質に捕らえられていた期間がある黒竜王にしてみれば、兄弟が分かたれているのは淋しいことだろう。
 水晶宮に竜王がいなくてはならない決め事はないし、守りには蜃・虹・蛟の三将軍もおり、不在でもやすやすと破られることもない。
 ただ、快く送り出せないのは、竜王がいない水晶宮にいることを自身が不安に思っ ているからだ。
 それを気取られぬよう、はふわりと微笑む。
「了解いたしました。水晶宮の事はお任せくださいませ」
 天界での煩わしい争いから離れて、久々の兄弟の団欒を過ごせる機会はなかなかない。
 ならばここは臣として心から送り出すべきだ。
、言いたいことを言わぬのは悪い癖ですよ」
 そう言った紅竜王のそれが自然で軽い動作だったので、は状況を把握して慌てた。
「紅竜王様っっ」
 横抱きに抱えられ、歩き始める紅竜王にが呼びかけると、「何か?」と慌てている自分がおかしく思えるくらい平然と返事が返ってくる。
「何かではなく! どちらへ……」
「大人しくしていなさい」
 柔らかな笑顔と口調で言われ、はぴたりと口を噤む。
 決して怒っているわけではないのだろうが、そう言われるとだんだんと不安になる。
「お待たせしました」
 紅竜王の声ではっと顔を上げれば、そこには黒竜王がいた。
「これで揃ったね。じゃぁ行こうか」
「そうですね」
 訳が分からないまま話が進み、がそろそろと口を挟む。
「あの……お聞きしてもよろしいですか?」
「どうしたの?」
 すとんと床に下ろしてもらい、は二人に尋ねた。
「何故私が連れてこられたのでしょうか……」
 見送りをしろ、ということなのだろうか。
「え? も一緒に人界に行くんでしょ?」
「……紅竜王様……」

 ちらりと見ると、紅竜王はにこやかな笑みを浮かべた。
「よほど行きたくないというのなら別ですが」
 「三将軍が居るとはいえ不安でしょう?」と耳打ちされては目を見開く。
「さぁ、行きましょう」
 差し出された手には少し逡巡して、そっと己の手を重ねる。
「……ありがとうございます。紅竜王様、黒竜王様」
 届かないかと思った小さな声は、どうやら二人に届いたようで、
「どういたしまして」
 の声が返って来た。

ー幕ー

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