三千の時を越えて

 天を翔る竜の姿に、は感嘆の息を漏らした。

 赤い鱗は玉のように光り輝き、両眼は怒りで燃え盛るような鮮やかな色を帯びている。

 人が作った天に聳える二つの塔に巻きついたその姿は、何処か遠い神話の世界を見ているようであった。

 今が危急の時だという事は分かっているが思わず、その美しさに見惚れてしまう。

 逆巻く熱風と炎に今ならこの身を焦がされても、本望と言えるかもしれない。

 逃げ惑う人々と対象に、はゆっくりと塔に歩み寄った。

 周囲を取り囲み、騒ぎ立てる機動隊がいるが誰一人として、の姿は見えていないため、ふうわりとその身を空に舞わせても騒がれることが無い。

 転生してから初めて竜に転じたため、自由に意思が疎通できるかは分からないが、それでも傍で確かめたかった。

 大して時間も掛けずに、は竜の傍に寄る事が出来た。

 熱風や炎、ビルの外壁などの落下物はの力で障害とはならず、ゆっくりと紅竜の傍へ歩み寄る。

「この時を、ずっと待っておりました」

 大きくは無いこの声が届くかどうかは分からないが、そう声を掛けると竜の瞳がこちらを向いた。それと同時に、巻き上がる熱風と炎が先ほどよりも威力が弱まった気がする。

 じっと真正面から見据えられて、歓喜に体が震える。

「紅竜王様。申し訳ございません」

 膝をついて頭を垂れると、ゆるりと竜の顔がこちらに近づき、燃えるような瞳が僅かに凪いだ気がした。

 ごうごうと、辺りには風の音や何かが崩れ落ちる音が響いているが、は静かな声で語りかける。

「私は、この焔で人々が命を落としたとしても、竜王様方が覚醒を望んでいなかったとしても、この時を望んでいたのです」

 止めようと思えば止めることは出来たが、彼らが覚醒する必要があった。これからの牛種との戦いにおいて、本来の力を使いこなす必要がある。

 そして、もしかしたら竜の姿となれば過去のことを思い出してくれるのではないかと、そんな期待もあった。

 今の状況では、まだ力のコントロールも出来ていないのだろうし、この邂逅すら覚えていないかもしれない。

 一方的な懺悔にも、竜はただただこちらをじっと見つめていた。

 ふわりと、慣れた気が近づいてきて、は立ち上がった。

「そろそろ、青竜王様がいらっしゃいます。私はこれで失礼いたしますので……次は人身でお会いいたしましょう」

 とん、と軽く床を蹴ると、体が浮き上がる。

 しばし、竜とじっと目を合わせたは、振り切るようにその場を立ち去る。

 恨まれているかもしれない、それでもは構わなかった。

 もう一度、彼の美しい主ともう一度出会うこと出来るのだから。

 邂逅の日は近づいていた。

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