太陽と月と黒点と

さんは、ウシワカ隊長と昔から一緒なんっスか?」
 陰陽師特捜隊、略して陰特隊の本部を久々に訪れただが、肝心のウシワカがいないので待たせてもらっている。そんな時、新米隊員だというアベノに そう声を掛けられた。
 普段なら最低でも二人はここにいるのだが、今日は忙しいのかアベノ一人し か姿が見えない。
 は出されたお茶を飲みながら、目を輝かせるアベノにどうしたものかと 思いつつ、「まぁね」曖昧に頷いた。
 困ったことに、アベノはウシワカに憧れてこの陰特隊に志願したのだという。
 ウシワカは妖怪を退治する上で強い力を持っている上に、判断力や行動力は 優れているし統率力もある。だが、些かアベノのウシワカ像は、本物と相当か け離れている気がする。
「じゃぁ、色々知ってるっスよね?!」
「まぁ、伊達に長く付き合っているわけでもなし……知っているといえば知っ ているが、本人の同意なしにあれこれ話すわけには行かないだろう?」
 大体、ウシワカ本人に聞いて返ってこないようなら、自分に聞かれても同じ ではないだろうか。
 しかし、アベノとしては新米でウシワカに声を掛けることなど出来ないらし い。知り合い程度のに聞けるのだから、いっそ声を掛けたらどうかとも思 ったのだが、泣きつかれてしぶしぶ了承した。
「じゃぁ、隊長の出身は何処っスか?」
「ここじゃないところ」
「隊長の前の隊長は誰っスか?」
「知らないな」
「この本部ってなんで浮いているっスか?」
「それはこちらが聞きたいぐらいだが……」
 質問される大半のことはが本当に知らないものであり、もう半分は曖昧 な答えで返す。そんなこんなで実に身の無い会話に、アベノが先に折れた。
さん酷いっス!!」
「そう言われてもな……私が知らないことも本当に多いから、やはり本人に聞 いた方が良いじゃないか?」
 ぶーっと膨れたアベノだが、急にぱっと表情が変わった。
「じゃぁ、隊長の好きな人とか教えてくださいっス!!」
 それならば問題ないだろうとでも言いたげに、きらきらと期待に胸膨らむ顔 をするアベノには唸った。
「やっぱりヒミコ様とかツヅラオ様っスか?!」
「恋愛対象かどうかは置いておいても、多分……」
 言うのが憚れるが、には他の考えが浮かばないので、素直に答えた。
「『太陽』……だと思う」
「は……?」
 最大限にあんぐりと口を開けたアベノに、はもう一度悩んでから、はっ きりと「太陽」だと答えた。
「太陽……っスか?」
「それ以外に考え付かないな……多分、このナカツクニにいる誰よりも『太陽』 が一番大切なのだと思う。もちろん、女王や君達だって大切な人なんだろうけ ども」
 納得しなさげなアベノに、はくすくすと笑って見せた。
「ウシワカは月だから、月が月であるためには太陽が必要なのさ」
 言い終えたところで、ばさりと聞きなれた羽の音が聞こえた。多分、ウシワ カが帰ってきたのだろうと、打ち切るように立ち上がったにアベノは最後の質問をした。

「アベノ。珍しいね、ユーが大人しいなんて」
 が帰った後、いつもテンションが高いアベノがいつに無く大人しいので、 ウシワカが声を掛けた。しかし、うーんと唸ったきり黙ってしまい、それ以上 の反応がない。
 最近、両島原や都に妖怪が蔓延るようになったので、妖気に当てられたのだ ろうか? などと首をかしげたのだが、新米であるアベノにまだ妖怪退治の任 務など与えていない。
 最も、道を歩いている最中に天邪鬼などに、こっそり憑かれたりしたのかも しれないが。
「隊長!!」
 突然がばっと顔を上げたアベノに、ウシワカは僅かに後ずさる。
「隊長って太陽が好きなんっスか?!」
 いつもだったらそんな話は適当に流すのだが、引き合いに出されたのが「太 陽」で、とっさにアマテラスが浮かんで二の句が告げなくなる。
「やっぱりそうなんっスね」
 アベノはうんうんとひとしきり納得しているが、こちらが納得いかない。
「アベノ。ユーは誰にそれを聞いたんだい?」
さんが言ってたっス。多分、他の誰よりも隊長は太陽が好きなんだろう って。最初は良く分からなかったっスけど、さんが『月が月であるために は太陽が必要』って言ってたので、つまり月みたいな隊長が好きな人は、太陽 みたいな人ってことっスよね?」
 自分の推理に自信満々なアベノに、ウシワカは曖昧に頷く。
 まさにその通りじゃないかと言いたいが、そう思ってくれてた方がありがた い。
 少しを恨めしく思った。
「でも隊長、さんとあまり争わないで欲しいっス!」
「Why?」

さんの好きな人って誰っスか?』
『……太陽と月だよ』

「つまり、隊長も好きだけど、隊長が好きな人も好きって事っスよね?!」
 心配げなアベノに、ウシワカは笑って人差し指を振った。
「ノープロブレムだよアベノ。ミーは『太陽』と『黒点』の二つが同じくらい 好きだからさ」
 はぁ?と首を傾げたアベノだが、話の流れから察しがついたらしい。
「今度、ユーから伝えておいてくれるかな?」
「了解っス」
 ウシワカは穏やかに笑って、再び妖怪退治のために本部を後にした。

 後日、アベノの日記より。

 その話を聞いたさんは酷く驚いた後、穏やかに笑ってたっス!
 喩えだけで分かり合えるなんてやっぱり二人は凄いっス!
 そんな二人に追いつけ飛びつけっス!

ー幕ー

補足
太陽→アマテラス
月→ウシワカ
黒点→
* 黒点とは太陽の表面に見える黒い点のことです。

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