「ー……」 部活も終って、いつも通りと一緒に帰ろうと図書室を開けると、カウンターには人の姿はなかった。 しかし、椅子のところには見覚えの有る鞄が置いてあるので、恐らくこの図書室の中にいるのだろう。 図書室は並みの学校よりも広いが、探す場所は大体決まっている。 古典やら洋書などが並ぶ、奥まった場所。およそ殆どの生徒が足を踏み入れないそこは、恋人であるの秘密の場所である。 本特有の親しんだ香りを嗅ぎながらそこへ向かうと、窓枠に腰掛け本を開いているがいた。 ひょこっと覗いて、そのまま声を掛けるのは止めた。 春の暖かな日差しの中、開け放たれた窓の外をはぼんやりとした瞳で眺めている。 風でページが煽られるのだが、そん事は全く気にせず、ただ夢現な様子で遠くを見ていた。 整った顔立ちと、さし込む光でルネサンス時代に描かれた名画のような雰囲気に、宍戸は黙って眺めていた。 しかし、少し強めの風が吹き込み、が目を細め不意にこちらと目が合った。 「何だ……いたなら声を掛けてくれれば良かったのに」 ふわりとはいつものように笑ったが、まだ何処か夢現である。 「声は掛けたんだよ」 見惚れてたとも言えずそう言うと、はそう、と言っただけだった。 本当に声をかけたのだとしても気付かなかったのだろう。 「どうかしたのか」 普段とは少し違う雰囲気のに声をかけるが、は首を横に振った。 様子から察するに、特に何か嫌な事があったというわけでもなさそうなので、そっと近づくと珍しくからふわりと抱き付いて来た。 少し驚いたのだが、の表情が穏やかそうだったのでそのまま軽く抱きしめた。 「本当にどうした?」 「うん、別に何があったというわけでもないんだけどね。しいて言うなら、春のせいかな?」 「春のせいか」 ぼんやりとした空に、温かな風。外から聞こえる生徒達の談笑、心地よいBGMの様に聞こえる。 そう思うと酷く気が安らぎ、何となく今のの気持ちが解る気がした。 目を閉じて宍戸の腕の中にいるが、ふと顔を上げた。 「ねぇ、亮」 「なんだ?」 はそっと宍戸の耳に小さく囁いた。 「亮がいてくれて良かった」 ふわりと笑うに、宍戸も口元に笑みを乗せた。 「俺もお前がいて良かったと思ってるよ」 窓際だとか、ここは図書室だとかはどうでも良く、少し深く口唇を重ねた。 ありがとう |