花が咲き乱れる入学式。 跡部は一人、式の最中ではあるが中庭を歩いていた。 新入生代表の言葉などという面倒を押しつけられたのだが、それに出てやる義理はない。 体調が悪いと一言言うと、しぶしぶながらも外に出ることが赦された。 出て来たからと言って特にする事もなく、ぶらぶらと桜並木を歩いているとふと、微かな笛の音が響いて来た。 今日は入学式なので、部活動などはもちろん全て休みである。 気になってそっと、校舎の影から覗くと桜の木下に一人の生徒が立っていた。 長い髪を低めに紐で括っているので一瞬女生徒かと思ったが、真新しい制服は男子のもの。 すっと背筋を伸ばし、彼は桜の樹に向かって静かに笛を吹いていた。 高い音を残してふっと笛の音が止んだ。余韻を味わう様に、男子生徒は動かなかったがやがてそれもなくなると、くるりとこちらを振り向いた。 「ご静聴ありがとうございました」 そう言って芝居がかった動作で一礼し、彼は紅を引いたような唇に薄っすらと笑みを浮かべた。 「何故ここにいる?」 胸に付けられた花で同じ新入生だとわかり、敬語を使わずに問えば、男子生徒は無言ですっと片手を広げて、背後の桜の樹を指し示す。 この樹がどうしたのかと、じっと睨むと相手は首を竦めて見せた。 「桜に呼ばれたのさ。ご存知かな? 桜の樹の下には―――」 「死体がある、か?」 「ご明察。なら何故、桜の樹の下に死体があるのだろうね?」 言われて、跡部は押し黙った。 そんな物作り話だと思っていたのだから、理由などは知らない。 まぁ、そういう噂が出てきたのだから、昔そんな殺人事件だか自殺などがあった程度だろう。 そう言うと、彼は「残念」と笑った。 「桜の樹の下に埋まっている死体は、殆どが男なのだそうだ」 くるりと彼は背後の桜を見上げ、詠うようにいった。 「桜の精は女で、養分を摂取する為に男を誘う。そうして男の体から養分を吸い上げ、花を咲かせるために花弁が薄紅に染まる。まぁこの話の桜は大方、枝垂桜を指すらしいけれど」 学校に植えられているのは色の薄い染井吉野だが、呼応する様にはらはらと花弁を散らした。 「桜は人を呼び、人は桜を求める。こうして美しい彼女に呼ばれた訳だが、まだ養分になるわけにはいかないのでね。代わりにこうして笛の音で彼女の心を慰めていたのさ」 無論、嘘なのだろうが、何故かこの男が言うと妙に現実感があり、様になる。 跡部も桜の精が見える様な気がしたぐらいだが、それとこれとは別である。 元の話は、何故新入生の癖に入学式出ずにここにいたかであったはずだ。 「要約すればサボリだろう」 「そう言ったら根も葉もないな。ま、先ほどの話は我ながらに良く出来た話だから、後で教師への言い訳に使うか」 先ほどの芝居ががった調子とはがらりとかわり、砕けた調子になる。 「跡部 景吾だろ? 俺は だ。以後お見知りお気を」 最後だけ丁寧に一礼してきたので、「明日になったら忘れてるかも知れねぇな」というとはからからと笑った。 「さて」 といって、は手に持っていた笛を仕舞ったので、式に向かうのかと思いきや、そのまま横になった。 「オイ」 「どうせ今頃は学校長のありがたくもねぇ挨拶だろ?」 ニヤリと言ってから、は頭上の桜を見上げた。 「それに、彼女も諦めてくれたようだからな。ゆっくりと花見が出来る」 しばらく考えて、跡部もの隣に横になった。 「良いのか? 新入生代表」 「アーン? 良いんだよ。そんなもん」 少し翳った日がまた顔を出し、桜の樹ははらはらと花弁を散らしていた。 ー幕ー |