風に焦がれて

 例えるならば、まさに風。

 目で見ることが出来るのに、そこにあると感じることが出来るのに、いざ捉えようとすればするりと手をすり抜ける。

 何物にも捕らわれない、そんな姿をたまに羨ましいとさえ思える。

 だから、惹かれるのだ。

「なぁにじっと見てんだよ。俺に見とれたか?」

 にやりと笑って見せたに、跡部は不機嫌そうに「誰が」と悪態を付く。

 ついじっと見入ってしまったのは事実なのだが、もちろんそんなことは口が裂けても言えない。

 さらさらと流れる艶やかな長い黒髪に、切れ長の漆黒の瞳。

 整ってはいるが女顔というわけでもなく、かと言って男のように無骨なわけ ではないの顔は、一級の美術品の様にずっと見ていて飽きることはない。

 ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らした跡部に、は朱を引いたような唇に笑みを乗せた。

「あーこんな日は何処か遠いところに逃げ出したくなるなー」

 大きな伸びをして、はごろりと寝転がる。

 何気ない一言だったのだろうが、逃げ出したいという言葉がやけに引っかかった。

「お前もそう思うことはあるんだな」

 思わず口に出すと、は眉間に皺を寄せた。

「お前も大概失礼な奴だな。俺が常に悩みなさそうな、お気楽ご気楽な奴とでも思ってるのか?」

 まぁ、確かにお気楽ご気楽そうではあるが、別にそう思ったわけではない。

「ただ、お前が不自由を感じていなさそうだったからな」

 ふと言っただけだったのだが、興味をそそられたのか、は上体を起こした。

「この世に『不自由』じゃない人間がいると思うか?」

 無論そんなことを思っているわけじゃない。

 も跡部がそう思っているとは考えていないらしく、それを踏まえて口を開いた。

「大体、自由なんて不自由を味わわなきゃ、感じることが出来ないんだ。だったら今の状態を不自由だと思わなきゃ良い。ただそれだけのことだろうが?」

 言って、はもう一度ごろりと横になった。

「お前の場合、部員を纏める大役の上に、家の跡取りなんてのはかなり重いもんかもしれんが、そんなもん纏めて捨てて好き勝手やるのが一番だ」

「お前に言われなくとも好き勝手やってやるさ。そういうお前も日本舞踊の家元の跡取だろうが」

 言ってやると、はにやりと口元に笑みを乗せた。

「俺はお前と違って、楽しんでるからな。苦にはならないさ」

 は笛を吹いたり舞を踊るのが確かに上手いし、楽しんでいるのだろう。

 無論、裏ではかなりの努力をしているのだろうが、やはりどこか羨ましく思える。

「やっぱりお前は風だな」

 言うと、は「どういう意味だ?」と首を傾げていたが、これだけは教えてやらない。

 自分はそんな勝手気ままな風に、憧れているのだと。

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