高校に入って、は初めて呼び出しというものをした。 呼び出した相手は男なのだから、勿論告白ではない。 同じクラスの奴なのだが、どうしても名前が出てこない。 仕方なく放課後に腕を引っ張って、校舎裏にある裏庭に連れてきてしまった。 「どないしたん? 校舎裏て、何やコクられるみたいやな」 相手は連れ出されたのに、嫌な顔一つせずの後についてきた。いや、嫌そうではなく反対で嬉しそうにと言った方が適切だった。それほど、嬉しそうに見えたのだ。 「ちがう。なぁ、なんで跡部に俺が男テニのマネやるって言ったんだよ? 生徒会副会長で大変なんだよ」 目の前にいる男は豹々としていて、気にする様子もない。 「せやかて、俺らも大変なんやで。マネージャー、一人いた方が楽やろ。自分らで何でもせなあかんし」 「自分たちでやるのが当たり前」 がきっぱり言い切ると、彼は楽しそうな顔で笑った。 「まぁ、跡部が代わりを見つけてくるまでや」 風が静かに彼の髪を揺らしていた。 「なぁ……」 「ちょお待った」 その代わりがに決まったのかと聞こうとした時、急に言葉が遮られた。 「何だよ?」 「さっきから主語がなかったり、なぁばっかり言うとるけど、俺のこと名前で呼んで欲しいんや」 は、その問いに僅かに動揺した。 校内でこの目立つお調子者男の名前はおろか、苗字さえ忘れていて呼びようがなかったからだ。 「……日向?」 「……それは岳人の名前や」 適当に言った言葉はどうやらはずれたらしい。 が、まずいなぁと思って忍足を見ると案の定、目線を落としている忍足がいた。 忍足は小さく溜め息をつくと、の方へ歩みを進める。 そしての顔を少し悲しげに見つめていた。 彼の顔を見たとき、何故か彼の名前を知らずにいたことに罪の意識みたいなのを感じた。 「忍足 侑士。侑士って呼んでや」 「なんでお前を名前で呼ばないといけないんだよ?」 「そりゃ好きな人には名前で呼んで欲しいと思うからやろ」 あっさりと言われた言葉の意味に、はすぐに気付く事は出来なかった。 「そりゃ〜って……今なんて……?」 がそう聞き返すと、忍足は苦笑しながら前髪をかきあげた。 クラスの女子が騒ぐのもわかる気がする。 ふとが見ると、忍足の青い瞳が柔らかくこちらをみつめていた。 「ほんま、おもろい奴やね。ま、ええわ。今度聞かせたるから」 なんだかしらないが、は忍足にはかなわないような気がした。 「う〜……ったく侑士、お前がそこまで言うんだったら、代わり見つかるまで頑張るから仕事教えろよな?」 がそう折れると、忍足は笑みを浮かべての髪を撫でた。 そして、に晴れやかな笑みを浮かべた。 彼のそんな顔を見た事はなかった。 「それから、俺の事はでいいから」 「あぁ。それじゃ、よろしゅうな、」 と、その時やわらかいものが俺の唇に触れた。 侑士がの袖を引っ張り、腰をかがめて軽い口付けをしたのだと気づいたときにはもう遅い。 が驚いていると侑士は嬉しそうに笑った。 「これからめっちゃ楽しい学校生活になりそうやなぁ」 侑士は嬉しそうにを残して、校舎に消えていった。 が校舎を走り回り、侑士を追いかけ回したのは言うまでもない。 侑士との学校生活は幕を開けたばかりだった。 終わり |