視線の先には君が

 蝉が鳴き、熱い日差しが容赦なく降り注ぐ中で、それに負けないくらいの熱い声援がコートの周りから沸き上がる。
 手塚や不二、大石率いる青学と、跡部や忍足、宍戸率いる氷帝。この二校の試合は注目されていて、多くの観客が一目彼らのプレイを見ようとフェンス越しに見つめていた。
 暑いから応援には行かないと言ったのに、それでも待ってると言われてしまえば行かない訳にいかなくなってしまった。
 惚れた弱味というものかもしれないが、言うことを聞いてしまう自分は弱いと思う。
 だが、この人混みを分けてコートや選手に近づくのは骨がおれそうで、その辺のスタンドに座ろうと腰を下ろした瞬間それは聞こえた。
〜」
 間違いなく能天気なでかい声はジローで、名前を呼ばれたのは誰だと周りはざわめきが大きくなり始めた。
 何時だってジローは常識というものが通用しなくて、困ったりした事もあったが何もここでやらなくてもいいだろうと思ってしまう。
 思い切りコートにいる氷帝レギュラーの面々と視線があったが、跡部の姿は何故かなくてどうしてだろうと思った瞬間。
 いきなり周りの声がぴたりと止んで、の前に影が出来て誰かが立ったのがわかった。
「来たな」
 逆光で顔はあまり見えないが、唯我独尊の俺様口調は跡部の他にはいないし慣れて来た好きな声を間違えるはずはない。
「仕方なく、な」
 素直じゃない事は百も承知だが、今更変えられないし跡部も嫌がるよりむしろ楽しんでいる節があるからこれでいいかと思う。
 暑くて仕方がないが何しろ日陰が少ないのが難点で諦めて座ったのに、跡部は優しくの手を掴んでそっと脇へ手を入れて立ち上がらせる。
「けい……ご?」
「大人しくだかれろ」
 耳元で囁かれた言葉に思わず顔を赤めると、跡部はくしゃりとの髪を撫でた。
 同い年なのにこうも容易く抱え上げられるのは、自分が細いからなのか景吾の身体の鍛え方が違うだけなのかわからない。
 でもこんなに大勢の前で抱き抱えられて、は夏のせいではない熱さに頭がくらくらした。
〜、来ないかと思ったよ〜」
「ごめん、ごめん」
 笑ってジローに謝るを見て跡部は小さく嘆息するとを座らせ、自分もすぐ後ろにを抱きしめるようにくっついて座った。
「あ〜、跡部ずるい。俺もくっつきたいC〜」
 跡部は大きい犬のようににくっついてくるジローを片手で制して、引き離して不機嫌そうに睨み付けた。
「お前、俺の耳元ででかい声だすな。それに言ってあったよな、俺のに触ったら容赦しないって」
「う〜……」
 ジローの見えない耳と尻尾が淋しそうに揺れているが見えた気がしたけど、ここでジローを庇えば跡部の機嫌が急降下するのはわかっている。
 ちらりと跡部を見るともう真剣な瞳はコートを見つめていて、さすがは氷帝を束ねる部長だと思った。
 コートでは忍足と向日ペアと菊丸と大石ペアが、ダブルスでプレイを見せていて息をつく暇がない。
 手に汗を握りながら見つめていると、静かにペットボトルが近くに置かれた。
「ただの観客でもちゃんと水分取らねえと倒れるぞ」
「ありがとう」
 跡部から受け取ったペットボトルのお茶に手を伸ばすと、にや りと人の悪い笑みを浮かべた跡部と目が合った。
 ペットボトルに薬とか変な事はしてないと思うが、どうして嬉しそうに笑うのか理解出来ない。
「な、何?」
「飲ませてやろうか」
 そう言うなり跡部はペットボトルに口をつけて少し含むと、の唇を塞いでゆっくりと飲ませていく。
 びくりと身体が震えると宥めるように跡部の優しい手が、の背中をゆっくりと撫でてその気持ち良さに瞳を閉じた。
「そんなに気持ち良かったのか?」
 ふっと柔らかい笑みを浮かべた跡部が立ち上り降りていくと、試合を終えた向日と忍足が入れ違いで帰ってきた。
「なんや、顔赤いで?」
「そう、かな」
 ペットボトルに口をつけてまだ冷たい水を流し混むと、コートに降りたった跡部がこちらを見ていた。
、見てろよ。俺様に酔いな」
 ラケットを肩に担いでに向けて笑う跡部は誰よりも格好よく見えて、試合から帰ってきたらどう声をかけようかとは口元を緩めながら凛とした背中を見送った。

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