二人だけの宴

 今日は体育祭で開会式までやる事がなく、本部のテントから生徒を見ていた跡部は目当ての人物をみつけた。
 テニス部や他の生徒達はやる気十分と言った所だが、跡部は全くと言っていいほど今回は興味がなかった。
 やるからには優勝と言いたい所だが、とは色が別れて敵同士の上に跡部は生徒会である為にほぼ拘束時間が一日になのは判りきっている。
 成功させる為には仕方ないと思ったが、少しくらいと一緒にいたいと思うのは許して欲しい。片付けまで手伝わされそうになったらどんな手を使っても、と一緒に帰ろうと決めていた。
 そのを見ているとさっきから周りに人が絶えず談笑が沸き上がっていて、普段の彼を初めて知って嬉しいやら微妙な気持ちになる。
 と、ふと何気なくこちらを見たと目が合った瞬間、ふわりと華が咲いたような笑顔がから溢れた。
 跡部は笑みを浮かべてに返していたが、すぐ隣に見知った顔がやってきて我が物顔で隣の椅子に腰かけた。
「なにニヤニヤしてん。やらしいなぁ」
「別に。俺のを見て何が悪い」
「あ〜……はいはい」
 最近どうもからかいがいもなく、跡部から素直に俺のもの発言が飛び出して来るから手におえない。
 テニス部内ではに触ってはいけない、二人きりで話してはいけないとかファンクラブか何かかと突っ込みたくなる暗黙の了解が出来つつある。
 あの跡部が一人に執着するなんて意外だったが、今では跡部の隣にいるのが当たり前になっているから人間の慣れというものは恐ろしい。
「景吾、忍足と何話してんの?」
 ぱたぱたと走ってきたを嬉しそうに見つめる跡部の顔は、明らかにテニス部面々に向けられる顔とは違う。
 忍足は内心喜ばしいと思いながら、何処かに行けと言わんばかりのどす黒いオーラを跡部が醸し出しているのに気付いた。
「ん〜大したことあらへんよ」
 そしてそれでも立ち去らない忍足にいらついたのか、に気付かれないようさりげなく椅子に蹴りを入れてくる跡部に大人気なさを感じながら静かに退散した。
「勝ったらクラスの皆で小さい打ち上げやろうって事になってさ、楽しみなんだ」
「へぇ?それは楽しそうだな」
 優勝させなければと一緒に帰れると心の狭いことを思ったが、嬉しそうに笑う彼の邪魔は出来そうにない。
「少し頼みがある」
 テニス部と生徒会長という役職柄、人に指示を出すのには慣れている跡部が、頼みというのは珍しくてにだけたまに口にするようになってきた。
「わかった。でもそんな事でいいのか?」
「あぁ」
 言われた事が意外だったのか不思議そうに首を傾げるを可愛いと思いながら、跡部が目の前の細い手をそっと握ると少し嬉しそうに笑うがいる。
 丁度そのとき開会式を告げるアナウンスが聞こえて、跡部はクラスの元へ帰っていくの後ろ姿を見送った。
 体育祭は順調に進み、は跡部の様子を見に行こうと思ってテントに顔を出すと跡部の姿はなく代わりに顔馴染みになった副会長がいた。
「会長なら先ほど出ていきましたけど、呼びましょうか?」
 にこりと笑いながら指差した先には校内放送用のマイクがあって、さすがに大した用事もないのにそれで呼び出すのもどうかと思う。
「大した用事じゃないので」
「そうですか。会長にはいらした事伝えておきますね」
「はい、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げてクラスへが戻ったあと、ガタリと椅子を乱暴に引く音がして振り向けば先程まで探していた姿があった。
「会長、先程さんがいらしてましたよ」
「ちっ、入れ違いかよ」
 音を立てて座って上を向いた跡部の髪からは汗がキラキラと輝いていて、本当なら跡部の世話はの方が二人とも喜ぶのだろうなと思ったが仕方が無い。
「会長」
 短く呼んでタオルを渡すとあぁと短い返事がして、あんなに部活で体力をつけている跡部でも夏の暑さには勝てないのかと思うと少し笑える気がする。
 何か感じ取ったのか跡部が睨むから、副部長は首を横に振って仕事に戻るべくマイクのスイッチをオンにした。

 特に大きな問題もなく過ぎ去った一日の締め括りとして、ささやかな宴をしたのクラスの面々は疲れながらも始終会話が弾み楽しんでいた。
 もちろん跡部との約束を忘れたわけではなかったが、内心抜け出すのも皆に悪いと思いながらどうしたものかと悩んだが結局誰にも告げずに教室を抜け出した。
 跡部の願いは『打ち上げが終わったら生徒会室に来て欲しい』これだけだったが、跡部もに会いたいと思ってくれているなら嬉しいし、仕事が忙しくて会えなくても仕方がないと思っていたから嬉しかった。
「景吾?」
 辿り着いた生徒会室は電気もついていなくて、まるで誰もいないかのように静まり返っていた。
 もしかしたら待ちくたびれて帰ってしまったのだろうかと思ったが、あの跡部が自分から誘っておいて約束を破るようには見えない。
 そっと室内を見渡すと中央の大きいソファに目的の人物を見つけて、はそっと足音を立てないように近づいて顔を覗きこんだ。
 ワイシャツがはだけているのはきっと疲れて面倒だったからか、暑かったからだろうと思いそっと額の髪をどかすと端正な顔立ちが現れた。
 こんなに無防備な跡部は見たことはないが、今日は色々忙しかったのだろうしゆっくり寝かせてあげたいと思っていると不意に跡部の瞼が動いた。
「あぁ、悪ぃ。寝ちまったか」
「今来たところだし、大丈夫。それに疲れてるならもう少し寝ててもいいよ。俺はここにいるし」
 がそう言って笑って反対側のソファへ座ろうとすると、跡部は起き上がって自分の寝ていたソファへ座らせた。
「此処に座れよ。じゃないとお前の顔がよく見えないだろ」
「……うん」
 言われるまま素直に頷けば跡部は笑って、そのまま何もなかったかのようにの膝の上に頭を乗せる。
 さらさらとした感触が気持ちよくて跡部の髪を触っていると、いきなり跡部が起き上がりの唇を掠め取った。
「っ……景吾」
「なんだよ、もう一度したいならしてやるが」
 跡部らしいにやりとした自信たっぷりな笑みを浮かべられると、どうしていいやらわからないし嫌ではないから困る。
「今度、景吾の家に泊まらせて」
 そっと小さく呟いたがこの距離にいる跡部にはきっと聞こえているだろう。
 その返事の代わりに深い口付けと、嬉しそうにこちらを見つめる瞳がを絡めとった。

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