一緒に見たくて

 大晦日は毎年家族で過ごしているから、きっと誘われても一緒にはいられないかもしれないとは気にしていたが景吾からは誘いの言葉はおろかメールの一件も来なかった。
 普通は新年の挨拶やら色々言いたいことはもあったが、こっちから連絡するには家庭の事情とか忙しいのではという変な遠慮があって携帯のボタンを押す事は出来なかった。
 それでもメールくらいならいいかと開いた携帯が突如鳴り始めたのは、12時過ぎてまだ2分しか過ぎていない時だった。
 景吾の時にしかならない着信メロディはメールではなく電話を示していて、は顔を綻ばせて通話ボタンを押して耳に当てた。
『お前、今どこにいる』
 場所を聞いているのだから疑問形には違いのだが、景吾の場合は答えないという選択肢がないからほぼ強制に聞こえてしまうのはもう仕方が無い。
 何度かぶつかって文句を言った事はあるが、その度にこちらが折れるしかないように手際よく丸め込まれてしまう。
「家、だけど珍しくメール、なかったよな」
 電話だとお互いに取れないかもしれないから、電話する前にはメールを入れるのが暗黙の了解になりつつあったから珍しい。
『お前の周り誰かいるのか?』
「いや、家族はリビングだし、俺は部屋にいるけど」
『なら問題ねぇな。、ちょっとリビング行け』
「は?」
 何が問題ないのかわからないままが聞き返すと、景吾はいいからというだけで詳しく教えてはくれなかったが結局両親がいるリビングへと戻ってきた。
「あら、どうしたの?」
「いや……」
『おい、親父さんに代われ』
「景吾、何を」
『いいから。お前に悪いようにはしねぇよ』
 こっちは何も良くはないのだが、景吾の言うことに反論して年始早々の喧嘩はなるべくなら避けて通りたいし、ここでぐだぐだやるのも得策ではない気がしては携帯を繋いだまま父親に渡した。
?だれと繋がってるんだ?」
「いや、えっと同じテニス部の跡部」
 景吾と付き合っていることは同じ氷帝のテニス部にも言っていないし、ましてや親は知るわけがない。
「跡部くん?」
 あの跡部財閥ともなれば名前くらいは聞いたことがあるだろうが、その息子が父親である自分に用事があるようには思えなかった。
 暫く会話を交わした父親から携帯が帰って来たときには、あまりご迷惑にならないようになと言われただけでは首を傾げた。
「景吾、何を言ったんだ?」
『まぁ、な。それより、あと五分で着くから家の前にいろ。ちゃんとコート着て来いよ』
 迎えに来るためにわざわざ了解を父親に取っていたと気づいたのは、その時になってからだった。
 喜び半分複雑さ半分で仕度をして外で待っていると、車のライトが見えて黒塗りのリムジンが家の前に止まって後ろのドアが開いた。
「乗れよ」
 景吾がドアを開けて先に入れてくれるなんて初めてのことで、車で出掛けることがなかったからだがちょっと面食らってしまった。
「何してんだ?寒いだろ」
「……あ、あぁごめん」
 女性ではないからエスコートは必要ないと言おうか迷ったが、それより景吾に会えたことが嬉しくて大人しく車に乗り込んだ。
 車は静かに走り出してそのうち何処を走っているのかすらわからなくなってきたが、あまり目的地は気にならなくなっていたから不思議だ。
「悪かったな、親父さん驚いてたろ」
 ぽつりと呟かれた言葉は景吾にしては愁傷なもので、さすがの景吾も大人に慣れているように見えて緊張したのだろうかと思う。
 窓の外の景色に視線をやったままそう言った景吾に、は少し笑いながらそんな事はなかったと口を開いた。
「確かにいきなりだったけど、あまりご迷惑にならないようにって言われただけだし」
「そうか、なら心配ないか。お前の親父さんいい人だな。俺みたいな年のヤツが言っても茶化したりしなかったし。それと聞くのを忘れてたが、は高いの平気か?」
「絶叫系は得意じゃないけど、高低があまり無ければ」
 がそう言うと嬉しそうに景吾は笑って、そっとの手を握ってなら楽しみしてろと唇を軽く合わせてきた。
 どのくらい走っていただろうか、車が止まる頃には段々と夜の気配が遠ざかっているのがわかって景吾は慌てての手を引いて走り出した。
「ちょっと、景吾?」
「あ〜、くそ。早くしねぇと日登っちまうだろーが」
 走った先にはヘリが一機と操縦士と見られる男性が一人、こちらに向かって手を上げて立っているのが見えた。
「悪い、待たせた」
「いえいえ。こちらの方が景吾様のこい……」
「っ、いいから飛べよ」
 景吾のなんなのか聞きたかったが、景吾が先に乗り律に手を差し出してきたからとりあえず掴むと引っ張りあげられた。
 ヘリが離陸して高度を上げると、少し怖いような気がして景吾の袖をつかむといつもの自信たっぷりの笑顔で手を握ってくれる。
「言うの遅くなったな。……明けましておめでとう。今年も宜しく」
「うん、こちらこそ」
 太陽に照らされて思わず眩しさに手で影を作ると、景吾によって手をつかまれて代わりに端正な顔が間近にあって鼓動が早くなる。
「目、閉じろよ」
「ん」
 そっと触れる唇をまだ離されたくなくて、そっと唇を開けば今までより深いキスをされて喜ぶ自分がいる。
「顔、赤いな」
 景吾の指がそっと頬を撫でると、かっと顔が赤くなるのがわかって思わず日の出のせいだと呟くともう一度唇を塞がれた。
 これからも一緒にいたいから今度はこっちからメールをしよう。そうしたらきっと景吾の事だからすぐに迎えに来てくれるだろう。
 でもいつかは景吾につりあう人間になってから迎えに行くのもいいなと考えた。

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