じめじめとした暑く蒸す梅雨。

 授業に集中したくとも、じっとりと出てくる汗や倦怠感で学校全体の士気も大分下がっている。

 退屈な授業が終ったとしても、運動部は外での運動もできず、ここ最近は筋力トレーニングだけで逆にストレスが溜まる。

 例に漏れず、テニス部も腹筋やら腕立てやらのメニューをこなしつつも、全体的に覇気は無く休憩という部長の声に、皆は思い思いに散って行った。

 溜め息をつきながら、流れる汗を拭ってリョーマは中庭に続く廊下の壁に寄りかかった。

 外気で涼しくなるかと考えたのだが、実際のところあまり変わりは無い。

 相変わらず外は雨が降っていて、止む気配はなくごろごろと遠くに雷の音が響く。

「もう少しこっちに寄ってくればな」

 ふと聞こえた声にそちらを向くと、一人の男子生徒が立っていた。

 浮かない顔をしている人間が多い中で、彼だけは笑みを浮かべて楽しげに、重く垂れ込めた雲を見つめている。

 年は恐らくリョーマより上のように見えるが、あえて敬語は使わずに話しかけた。

「何を待ってんの?」

 彼はこちらに気付いて笑った。

「雷。ここからの方が葉桜と相俟って綺麗に撮れるだろうと思って」

 見えなかった片手には、彼の手に収まるにしては少々無骨なデジタルカメラが乗っていた。

「雷は嫌いじゃないけど、物好きだね」

「まぁね」

 次第に雷の音が近くなってきて、男子生徒はくるりとまた窓の外に体を向けてカメラを構えた。

 辺りがぱっと明るくなるような閃光が走り、同時に重低音が轟く。

 校舎内のあちらこちらから生徒達の騒ぐ声が聞こえて来る。

「撮れた?」

 リョーマが尋ねると、ボタンを操作していた手を止め、嬉々としてカメラの液晶画面を見せる。

 映っていたのは、はっきりと枝分かれした稲光と、その光を受けて輝く美しい葉桜。

「へぇ、なかなか上手く撮れたじゃん」

「もっと素直に言えないもんかね。まぁいいや、上手く撮れたから」

 丁寧にカメラをケースに仕舞うと、今度は壁に寄りかかって外を眺め始める。

「写真は?」

「一枚は撮ったし、後は雷観賞でもするさ。んで、越前君は部活は良いのかな?」

 そういえばと思い出して戻ろうとする手前で、リョーマは踏み留まった。

「何で俺の名前知ってんの?」

「有名だからね。後は眉間に皺を寄せた部長さんから良く聞いてるし」

 にやりと笑った彼に、リョーマはむっと睨んだ。

 向こうはこっちの名前を知っているのに、こっちがそちらの名前を知らないというのも癪だ。

 それを悟ったのか、彼は笑ってひらひらと手を振った。

「そう睨むなって。俺の名前は 、写真部の部長だよ」

「覚えとくよ、先輩。あ、今の写真後で焼き増しして頂戴」

「手塚を通して渡すよ」

 休憩時間に遅れるとまたメニューが増えるので、リョーマは走って練習場所に戻る。

 その途中でぱっと明るくなり、小さく控えめな低い響きを聞いて、鬱陶しかった雨もさほど気にならない気がした。

  、その名をしっかりと覚えておこう。

ー幕ー

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