最初はただ背が高いなぁ、手塚部長達とどっちが大きいかな、なんて思っただけだった。 今ではその綺麗な茶髪に、少し自分より大きな手に触れてみたいと思うようになった。 「越前、ちゃんと聞いているか?」 夕暮れの放課後の教室には、もう越前と目の前の彼の二人の影しか見えない。 周りをオレンジ色に染める太陽に、まだ沈まずにこのまましばらく二人きりにしてくれ、と柄にも無く願った。 越前リョーマは英語の課題に落としていた目を、低い声で注意を促した男に合わせて少し微笑んだ。 その相手は同じ図書委員の一つ上の先輩である、というれっきとした男だった。 の漆黒の瞳が夕日を浴びて強い光を宿していて、それを見ただけでリョーマは目を見つめ続けていられない。 両手の指では足りないくらい告白されているのでは、という勝手な憶測を立てられる程の整った顔立ちに長い手足に温和な笑顔に性格。 「聞いてる。ここの問題だよね」 ぞんざいな口調ですぐ顔を下ろしたリョーマを、目の前の男はどう思ったのか机に肘を突いてリョーマの顔を覗き込んだ。 「なぁ、学校で何かあったか?」 「なんで、そう思うんすか?」 そんなにじっと見られたら、いくらリョーマでも冷静でなんかいられない。 リョーマはぞくりと背筋に這上がる、未だに感じた事のない感情を抱いたが必死に押し殺した。 今までただの先輩後輩のスタンスを保っていられたのは、今の関係を壊したくない一心であり、ここで気付かれては折角の課題を教えてもらうと言う口実が無に返ってしまう。 そう思う自分もいるが、欲しいものが目の前にあるのにお預けされているというのも、自分の性格上合わないとも思う。 そう、欲しいものは自分のものにしてしまえばいいのだ。 軽く苦笑を浮かべたリョーマは、の少し自分より大きいが細い左手に指を絡めた。 「いつも思うけど……」 呟くように紡がれた言葉は、どんなに小さくてもしっかりとの耳に届いていた。 「なんだ?」 いきなり手を握られて困惑しているが、は嫌がる素振りも見せない。 少し震える唇から溢れた言葉は、自分の中に流れる気持ちさえもに伝えようとしているのか。 リョーマはもう考えるのを止めた。 「細くて綺麗な指してるから触りたくなった」 リョーマはするりと手の甲に手の重ねて優しく、それでもしっかりと握りしめて離す気は無いと言外に伝える。 は不思議な気持ちで目の前にいる後輩を見つめ、それと気付かれないように人のいい笑みを浮かべた。 リョーマが課題の為に委員会に出られない、と同じ学年から聞いた時は軽い落胆を感じた自分に笑えた。 今まで何人かに告白されたが、されてもその相手に特別感じるものはなにもなかった。 ただ、あぁ、この人は俺が好きだったのか、それくらいしか感じなかったのだ。 その自分が、年下のしかも同性の行動に一喜一憂しているのが何故か妙に感じた。 委員会があって顔を見れは嬉しく思い、部活の遠征などで来られないと知れば落胆する。 手塚に溜息混じりに勉強を見てやってくれと言われた時は、内心喜んだ自分がいたのを知っている。 どういう風にリョーマがという自分を見ているのだろう、ただの同じ委員会のメンバーか、それとも少しの望みくらいは持っていていいのだろうか。 この言いようのない感情を伝えたら、彼はどこまでを許してくれるだろうか。 が思考に沈みかけた時、リョーマの声が現実に呼び戻した。 「……先輩」 リョーマが静かに呼びかけるとの瞳がちらりと自分を映した事に安堵し、頭の後ろに手を伸ばして引き寄せた。 「なん」 薄く開いた唇に軽く合わせて、その感触を確かめる。 同じ男と思えない唇の柔らかさに、驚きといいしれぬ満足感を感じてリョーマは深く口付けを交した。 「んっ……」 はきつく目を閉じて、リョーマの唇に必死に答えていた。 「これくらいの褒美がなきゃこんな課題やってらんないっす」 全ての色を奪う、赤く輝く太陽だけが全てを見ていた。 がリョーマは帰国子女であり、得意科目が英語だと知るのは随分後だった。 |