視線の先には

 綺麗に茜色に染まった空を見上げていると不意に影が出来て、ちらりと視線を上げると見慣れた茶髪の青年が笑みを浮かべていた。

「四時間目授業サボって保健室行ったって?よく行かせてくれたね」

「そりゃ日ごろの行いがいいからだろ。それに違うクラスなのになんで周助が知ってるんだよ」

 不二はの傍らに腰を下ろすと、同じように空を見上げて笑みを浮かべた。

「まぁ、色々と情報は入ってくるからね。英二とか乾とかね」

 不二と同じテニス部でと同じクラスで仲がいい菊丸英二は、おおらかな性格で隠し事や秘め事には絶対向かない。

 乾はテニスの事だけかと思いきや、その他の個人データも持っていたりするので要注意人物だと思っている。

 どちらにしろ周助には隠し事は出来そうにもない。きっと隠し事をしたとバレたら笑顔で問い詰めてくるタイプだろう。

「だって三時間目の英語は疲れたんだよ。俺ばっかりしつこく当ててくるし」

「……、ばっかり?」

 周助が不思議そうに視線を向けてくるから、は起き上がってこくりと頷いてつい一時間くらい前の授業を思い返した。

 三時間目の授業中、は余所見をしてグラウンドを眺めていた。余所見をしていた自分がいけないのはわかっていたが、先生は笑顔で集中攻撃のようにばかり当てて答えさせたり教科書を読ませたりした。

 逃げるに逃げられずにその全てに答え、授業が終わったときにはの精神力は限界を迎えていた。

「で、英気を養うために四時間目休んだと」

「周助大正解!」

 拍手をしたに冷たい視線を向けた周助だったが、急に黙りこんで何かを考え始めた。

 は周助の顔を覗き込んだが、やがて嬉しそうに笑みを浮かべてを抱きしめた。

「ちょっと、周助?」

「三時間目は僕のクラス、グラウンドだったんだよね。、何を見てたの?」

 は周助から離れたくてもがいたが、優しい腕から逃れる事が出来ずに結局抱き込まれてしまう。

 つまらない授業の中でふとグラウンドで見つけたのは、綺麗なフォームで走る周助の姿だった。

 普段テニスをしている周助も大会などでしか見る事がないが、授業を受けている周助といのも新鮮でつい目で追ってしまっていた。

「別に、なんだっていいだろ」

「いいけどね。二位だったよ。惜しかったけど」

「嘘つけ。堂々5人中1位だったくせに」

は嘘が下手だね」

 見ていた事を知られてしまう自分の迂闊さを呪ったが、もう後の祭り。

 周助がやたら嬉しそうに笑うのが癪で、仕返しとばかりにきつく抱きしめたつもりが逆に周助を喜ばせた。

「もしまたそんな事があったら僕に言ってね」

「何するつもりだよ」

 まさか教師をいじめて学校から追い出したりしないだろうな、と念を押すつもりで問えば笑顔でかわされる。

「心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんとに手をだしたらどうなるか身をもって知ってもらうから」

「いや、手出されてないし」

 くすりと笑みを浮かべる青い瞳が少しこわくて視線を逸らすと、顎を指で捕らえられて視線を合わされた。

 深い青に吸い込まれそうでじっと見つめていると、唇にやさしくキスをされた。

「僕の気持ちも少しは知っていてね。君が他の人間の事で嫌な気持ちになるのは僕も嫌なんだよ」

「うん?」

「あまり僕以外を考えたりしないで。僕だけのものになればいいのにね」

 が、と小さく呟く周助が少し悲しそうに笑って、は胸が少し痛くなるのを感じた。

 人の心はその人にしかわからない。

 周助もの知らないところでのことで心を痛めたりする事があるのだろう。

「……努力する」

 そう呟いたは両手を伸ばして、形のいい周助の頭を引き寄せた。

 屋上には重なり合う二人の影だけが静かに伸びていた。

終わり

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