君にだけのプレゼント

恋人でもあり後輩でもある越前との試合はいつも楽しくて、負けたくはないけれど例え負けたとしても気持ちがよく終われるのはきっと全力で戦えているからだと思う。
「ゲームウォンバイ越前!」
 コールがされるとそれまでの緊張感がなくなり、気持ちのいい風が身体を包むのがわかっては広い空を仰ぎ見た。
 努力ではどうにもならない天性というのは確かに存在しているのだと、この青春学園に来て改めて思い知った。
 部長の手塚を筆頭に副部長の大石、天才と名高い不二、それにこの越前は一つ下だというのに生意気でそれが笑って許されるくらいのプレーが出来るから凄い。
 最初は越前と試合をするのが嫌なくらい、コンプレックスのようなものを感じていてこんなプレーをする中学生がいるとは思えなかった。
 その越前に対する意識が変わったのは、ちょうどこのくらいの時期だったかもしれないと思い出していた。
「先輩?」
 いつまでも動かないを不審に思ったのか、越前がネットを越えてこちらのコートへと入ってきた。
 テニスはシングルスなら一人、ダブルスでも二人で自分のコートを守らなくてはいけない。初めてコートに入った時の高揚感は忘れられないが、今では時々恐怖に近い感情が胸を渦巻くときもある。
「あぁ、なんでもない。次はお菊と大石だったよな」
 練習試合をトーナメント制で行う為に、試合が終わったらすぐ動かなければ次の試合に差し支える。
 全ては竜崎先生の一言から始まり、レギュラーはレギュラー同士、あとは学年同士で組み合わせが発表された。
 何故かレギュラーではないのにの対戦相手は越前だったのだが。
 しかもクリスマスにプレゼントだと言わんばかりに、勝った人から帰って良いなんて無茶にも程がある特別ルールのせいでの帰宅は遅くなる一方だった。
「お前はまた負けたのか」
「仕方ないですよ」
 竜崎先生に嫌味のような呆れとも取れる言葉を貰い、ベンチに座ってドリンクへ手を伸ばすと隣に越前が座った。
先輩、俺待ってるから」
 越前はちらりとこちらを見たあと、嬉しそうに目の前で飛び交うボールを目で追いかけている。
「いいよ、先に帰って。クリスマスパーティーするんじゃないのか?」
 以前お邪魔した事がある越前の家はお寺があったが、お父さんがあの人では仏教だろうがなんだろうが関係ない気もする。
 誰もが早く帰りたがっているのに、残るというのは気を使っているのだろうか。
「とにかく待ってるから、一勝してきてよ」
「ならさしずめ、俺の一勝が越前にとってのクリスマスプレゼントな」
 そう言いながら笑うと越前は珍しく嫌そうな顔をして、ラケットを肩に当てて立ち上がった。
 確かに恋人に対して公式試合で勝つならまだしも、練習試合なら意味は無いかもしれない。
「勝ったら欲しいものがあるんだけど」
「あげられるものならな」
 あまり何が欲しいとか言わない越前の望みなら叶えてやりたいと思って了解すると、約束だからと言ってスタンドの方へ行ってしまった。
 何が気に入ったのか知らないが、入部したての頃から何故か律の傍にいた気がする。
 今では追いつけない背中に嘆息を漏らしながら、は自分の試合に向けて集中をし始めて次こそは勝つと心に決めた。

 帰り道にある近所の公園でファンタを買って、二人だけで軽く打ち上げのようなものをしようと誘ったのは越前の方だった。
 も話したいと思っていたから二つ返事で了承したのだが、願い事の検討がつかなくてなんだろうかと小首を傾げた。
 今日が12月25日だからもし欲しいものが物なら、このあと越前と買いに行くのも言いかと思う。
「で、何が欲しいんだ?」
「先輩さ、桃先輩のことは名前で呼ぶのに俺は苗字だよね」
 てっきりプレゼントの話かと思ったのに予想外で、が驚いていると越前はのファンタを取り上げて軽くキスをしてきた。
 不意打ちにびくりと身体を震わせると、越前は嬉しそうに笑みを浮かべての顔を覗きこんでくるのは人が悪い。
「甘い、ね」
「っ、ファンタ飲んでたからだろ。リョーマ」
 付き合ってからもずっと苗字だったのは、苗字が呼びなれて一種のくせのようなものになっていたのといきなり呼び方を変えて勘ぐられるのも嫌だったのだ。
 特に桃城や菊丸など絶対に呼び方が変わったことを言ってくるのだろうと思いながら、それをどうやって言い訳をしようかと考えていた。
「じゃ、これから先輩が苗字で俺を呼んだら先輩からキスしてもらうから」
「はぁ?」  いきなり言われたことに驚いていると、越前は笑って甘い口づけを落とした。

終わり

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