血の鎖

「どうした、こっちに来ねぇのかよ」

 一定の距離を保って座っているに、跡部は楽しげに言った。

 不機嫌さを隠さず、は切れ長の目を僅かに細めた。

 雪のように白い肌に漆黒の髪、そこへ持って来て美しい顔立ちというは同 性だろうが異性だろうが誰もがその姿に見とれる。

 血のように赤い、獣のような瞳さえ除けば。

 常人離れした美しさを差し引いても、その赤い瞳は誰もが戦慄するほどの 強い畏怖を感じる物だ。

 普段は黒い瞳なので解らないが、気が高ぶる時――血を渇望する時に朱色に 輝く。

それは見紛う事無き吸血鬼の証しである。

 見た目こそ跡部と同じ歳で氷帝に通っているだが、死して甦った身であるが故に数多の年月も経ている。

 出自などは解らないが、あることが切っ掛けでの正体を知った跡部は、血を提供してやる代わりに、ずっとここに留まるという契約を提案した。

 怖れがなかったとは言えない。それでも、気高い獣が離れて行く事が我慢な らなかった。

「お前は自分の身を案じるべきだ」

 冴え冴えとしたの声にも、跡部はふんと鼻を鳴らした。

「そんな事言った所で、本能には逆らえないだろうが」

 すっと露にされた首筋に、の喉が僅かに鳴った。

「だから定期的に飲んどけと言ったんだ。そのまま死ぬ気か」

「吸血鬼は一度死んだ身。首と胴を断ち、骨も残らぬほど焼かれなければ死ぬ ことはない」

 言いながら立ち上がり、流れるような所作では跡部の傍に立つ。

 豪然と見下ろして来る目を受けとめ、跡部は小さく笑った。

 獰猛な獣の瞳が、己を見ている事に優越感を感じた。

 学校にいる周りの人間は知らない、の側面を自分だけが知っているのだ。

 跡部の首筋に暖かい吐息が近づく。

 ちろりと首筋を舐められて、思わず首を竦めたくなるのを堪えた。

 視界の端で、朱の瞳が細められたのを見た瞬間、ぴりっとした痛みが首筋を 走る。

 血脈が波打つのを感じ、痛みは直ぐに快楽に変わる。

 一滴も流れぬように、傷から溢れる鮮血を丹念に舐め、溢れる量が足りぬな ら吸い上げられる。

 やがて、気が済んだのか傷口を舐めていた舌の動きが止まった。

 恐らくいつもの様に傷口は塞がって跡形もないのだろう。

 喉の渇きが癒えたことにまどろむの目は、すでに元の黒い色に戻っていた。

「馬鹿だな」

「ふん、なんとでも言え。お蔭で満足しただろうが」

 ぐいっとの腰を抱き寄せると、さして抵抗なく腕に収まった。

 何時もなら鬱陶しいなどの罵声が飛んでくるのだが、今回はそれがなく、不 審に思ってそちらを見ると死んだように眠っていた。

 代価が血ならば安い物。

 それでこの獣が傍にいるのなら、いくらでも差し出そう。

 馬鹿だろうがなんだろうが、血ほど獣を繋いでおける鎖はないのだから……

 

ー幕ー

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