血の契約 〜跡部ver〜

「この方、どうしましょうか?」

 人の家の真ん前に倒れている人間を見つめ、景吾は家に運べとだけ命じた。

 見知らぬ人間を、と止められるかと思ったが、人助けと言うことで何も文句 は言われなかった。

 念の為にかかり付けの医者を呼んでみてもらったが、特に目立った外傷もな く、栄養さえ取れば大丈夫だろうということだった。

 見ず知らずの赤の他人に何故そこまでするのか自分でも謎だが、一言で言え ば顔が自分好みだったと言う事だろう。

 男であるのが心底残念ではあるが。

 医者が帰った後も、硬く目を閉じたままの拾い物を眺めていると、執事に「お 知り合いですか」と言われたが、いや、と短く答えただけで、それ以外は何も 言ってこない。

 母親はのん気だし父親は今日は仕事なので、家人にそれ以上とやかく言われ なかった。

 放任主義過ぎるだろうと前々から思っていたが、まぁ、こういうときだけは 逆にありがたい。

 それにしても何故、こいつは家の前に倒れていたのだろう。いや、偶然力尽 きたのが家の前だっただけだろうが、こんなご時世に栄養失調と言うのが珍し い。

 服装はそれなりに綺麗だし、失礼ながら所持している物を確認したらそれな りに金は持っていた。

 だったら何故?

 じっと見ていると、ひくりと引きつる様に喉が動くのが見えた。

 喉が乾いたのだろうと、普段ならしない人への気遣いをするため、景吾は部 屋を出ていった。

 再び部屋に戻って来たところで、ベットの上の人影が起き上がっている事に 気付く。

「起きたか」

 と声を掛けてみたが微動だにしないので、少しだけ不安になる。

 まだ何処か悪いところがあったのかもしれない。

 近づいてベットサイドに水差しとグラスを置き、覗き込んで見ると肩が僅か に震えていた。

「どうした何処か痛むか?」

 と言った瞬間、俯いていた相手の顔がこちらを見上げた。

 赤い、赤い瞳。

 血を含んだかのようなその色を、美しいと思いながらも背筋に冷たいものが 走った。

 動けないでいると白い腕が絡み、首筋に生暖かい吐息が掛かる。

「っっ!!」

 ぴりっと鋭い痛みが走った瞬間、拘束が瞬時に解かれた。

「何しやがる!!」

 思わず叫んで飛び退いて見ると、青ざめて俯いている姿が目に入る。

「悪……い……」

 切れ切れにいいながら、掌に血を吐き出した。

 突然の事で頭が回らず、出た言葉は決まり切った言葉だった。

「お前、何モンだ……」

 言ってしまってからもっと言いようがあったろうと思ったが、相手はそ れ所ではないらしい。

「古より……生き長らえる化物だ……吸血鬼などと呼ばれている」

 苦しそうに喘ぎながら、それだけ言った。

 俄かに信じ難いが、赤い瞳が普通の人間の物とは思えない。

 それでも、自分でも思ったより簡単に「そうなのか」と納得してしまった。

 思いの他、自分の肝は据わっているらしい。

 持って来た水差しからグラスに水を注いで差出すと、気にしてか血の付いて いない方の手で受け取って流し込む。

「で、何で俺の家の前に倒れてたんだ」

「ここ最近……血を飲んでいない……」

 やはり偶然そこで倒れていただけらしい。それにしてもこれだけの人間が存 在していると言うのに、吸血鬼が死に掛けているというのもなんだか可笑しか った。

 先ほど血を吐いていたし、やはり合わない人間がいるのだろうか。

「さっきの血はお前に合わなかったとか言うんじゃねーだろうな?」

 一応テニスで運動は十分しているし、規則正しく健康的な食事を取っている ので問題ないはずだ。

 試しに聞いて見ると僅かに首を横に振った。

「恐怖や痛みを味わっている者から得ると、それは毒になる」

 納得はしたが、この世の中で恐怖を味わわずに血を提供する人間はが、どれ だけいるのだろうか。そこまで考えて、ニヤリと笑う。

 自分はこの美しい化物を気に入った。だったら血を提供する変わりに手元に 置いておけばいい。

 ギブアンドテイクだ。

「血はどれだけ飲めば事足りる」

 びくりと肩が大きく震えるのが見えた。

 血は摂取していないのだからまだ十分な量は取れていないのだろう。

 それを見越して言葉を続ける。

「全身の血はやれないが、少しだったら分けてやってもいいぜ」

「何を……」

 見上げて来た顔に恐怖の色が浮かんでいた。

 そんな表情でさえ艶かしいと思えるのだから、自分でも病気だと思う。

「その代わり、ここにいろ」

 切なげに揺れた瞳に、先ほど噛みつかれて少し血の流れる首筋を近付ける。

 今恐怖を感じてはいないのだから、飲める血の味なのだろう。

 白い喉か上下したのを見て、もう一押しとばかりに言葉を紡ぐ。

「俺はお前を気に入った。だからお前がこの血を啜る時にもう恐れは感じねぇ よ」

「解った……血を契約とす……」

 ちらりと見えた瞳は、悲しみと不安が混ざったような苦しそうな色をしてい た。

 それでも離してやるつもりはない。

 気が済むまで血を与えてやると、少し気だるいが対した事はない。

 傷口は跡形もなく消えており、うそではないかと思うほどだ。

 ぐらりと傾いだ細い体を受けとめてやり、名を呼ぼうとして名前を聞いてい ないことに今更気付いた。

「済まない……」

 吐息と一緒に漏れた言葉に、僅かに苦笑する。

 明日からは楽しくなりそうだ。

ー幕ー

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