まじまじと顔を眺められ、は溜息を付く。 この館に来てからは、そんな視線にだいぶ慣れたとはいえ、まじまじと見られるといい加減うんざりするものである。 着物を借りているので、身なりは整ったが髪は染めているので当分は戻らないし、戻って黒髪になったらそれはそれで説明が面倒そうだ。 信玄が一応口止めしてくれているおかげか、違う時代から来た人間と言うことは皆知らないが、何時の間にか南蛮人ということになっていた。 ちなみにこれは単なる噂が定着したものらしい。 「で、俺に何の用だ?」 いい加減無視するのにも疲れて、睨むように目の前の男を見据える。 今初めて会ったが、一応情報としては知っていた。 名前は猿飛佐助、真田幸村に仕える忍隊の忍頭である。 「んー見たとこ普通だけど、俺様はいまいち信用してないんだけどねー」 「気にいらねぇってんなら、出て行ってもいいがな」 ここにいるのは、一応信玄のおかげである。 は自慢ではないが、何をやってもそこそこ出来る方で、物覚えも良い。 とはいえ、いくら戦国乱世と言われても、戦に関わる人殺しの技術を覚える気はなかったし、信玄も違う時代から来たにその手の事を強要させることはなかった。 それでもずっとここで何もせずに過ごすわけにもいかないので、今後ここを出ても何とかなりそうな薬師の仕事を学び始めたのだ。 何時の時代でも医者は必要だろうし、薬草を扱うので何処へ行っても職につけると考えたのだ。 おおよその必要な知識は叩き込んだので、五体満足なら何時追い出されても構わないくらいだ。 「まぁ個人的には嫌いじゃないし、お館様も旦那も気に入ってるから様子見かな」 「あぁ、そう」 言って、は煙管を手に取る。 生憎、ヘビースモーカーのは持ってきていた煙草は、こちらに来てから二日目で使い切ってしまった。 なくても死にはしないが、やはり欲しくなるもので、唸っていたら見かねた信玄がくれたのだ。 この時代、煙管は贅沢品以上に貴重品である。 それをくれると言うのに少しばかり遠慮したが、気遣い無用と豪快に笑い飛ばされ、正直ないよりはあったほうが良いのでありがたく貰った。 少し味が違うが、それでもは銘柄にこだわらなかったし、何より煙が心を落ち着かせる。 ふっと吐き出すと、佐助と目が合う。 「そういえば、紙の筒も銜えてたよね」 「コレと同じさ」 オイルライター特有の臭いもなく、そのまま火を入れる煙管は、煙草よりもいいかもしれない。 ふっと吐き出したところで、不意に顎を持ち上げられた。 何事かと様子を見ていたが、口唇が近づいてきたので重ねられる寸前に、煙管の先でごつんと額に打ち付けた。 「痛いなぁ」 「加減してやっただけ、ありがたく思え。どういうつもりか知らねーが、相手を間違えてねーか?」 相手がして欲しいなら、しかるべき相手を見つければいい話だ。こちらで男色は当たり前とはいえ、にその気は全くない。 「いや、何となくどんな味かと思ってね」 どういう理由なんだか、と溜息交じりには眉根を寄せた。 吸い込んだ煙を顔に向かって吐きかけてやると、佐助は盛大にむせたが意趣返しだ。 「っていうか、吸い過ぎじゃないちゃん」 「こっちに来てからは大分減らしたぞ」 いくらでも買えたあちらとは違い、こちらで趣向品の取引は高く付く。 そんな中であればあっただけということは出来ないため、向こうに居たときよりは確実に摂取量は減っている。 「体に悪いんじゃないの?」 「放っておけ」 煙草を止めるための広告ポスターなどでよくある、肺が真っ黒になっている写真を見て、自分もああなっているんだろうなと、どこか他人事に思っていた。 だからと言って、止める気はさらさらない。 両親が居らず、他に自分を必要とする人間がいないおかげで、体に気を使う必要がなく、気楽な身の上と言うこともあるのだろう。 そのせいか、こちらに来ても自分が驚くほど冷静だったのだ。 煙を吸い込もうとしたところで、すっと煙管が取り上げられた。 ぼーっと考え事をしていたせいで若干反応が遅れ、煙管を銜えようと薄く開いた口に何かを突っ込まれた。 一瞬驚いたが、それは団子でちらりと犯人を見やると、満面の笑みを浮かべた幸村がいた。 「煙管というのは、体に良くないと聞く。何かあった方が良いなら、団子を食べたら良いでござる」 とりあえず、放り込まれた団子は食べた。甘い物が苦手なでも食べられる、美味しい団子であるが煙管とは意味合いが違う気がする。 「幸、甘い物も体に毒なんだぞ」 「そうなのでござるか?!」 「糖尿病と言う病気がある。甘い物、糖分の取り過ぎなどから、病気の起こりやすい状態にあることをいい、放って置くとさらに重い病気になるといわれている」 最も、この時代はの居た頃より、甘いものを食べる機会はあまりないし、幸村も摂取した分のエネルギーは毎度鍛錬などで消費しているので、あまり問題はないはずだ。 むしろ病気になる確率ならの方が圧倒的上だが、まぁそこは意趣返しだ。 「うむぅ……気をつけるでござる」 「っていうかさ、その病気は良く解んないけど、旦那よりちゃんのが危ないんじゃない?」 鋭い佐助言葉を無視して、は団子を飲み下し、幸村の手にある煙管をひょいっと取り上げる。 すぅっと肺に煙を吸い込んで最後の煙を味わう。 燃え尽きた葉をとんとんと火鉢に落とし、ふっと息を吐いた。 この世界は微妙に玲が知っている戦国時代と、微妙に異なる世界らしいがそれでも戦は耐えず、若くして死ぬ人間は多い。 現代でも遠い国では内乱などで死ぬ人間が多いが、ここはより身近に感じる分、自分の健康体であるのに死に近づくような生き方に少しだけ後ろめたくなる。 それでも、今更変える気もさらさらないので鼻を鳴らした。 「俺はいいんだよ」 「んーよくない気はするんだけどねぇ。それはそうと、今度の戦場にちゃんは行くんでしょ?」 佐助の言葉に、幸村の顔色がさっと変わる。 武田に薬師は居るが今はあまり人手が足りない。今度の武田は伊達との大きな戦があり、人手をどうするか悩んでいる信玄にが申し出たのだ。 理由は役に立たずとも、人手が居た方が居ないよりは良いだろうという事と、借りは返しておこうと言う考えだ。 最初は戦場などの経験がない事などから反対されたが、合理的な理由を並べ立てるとそれもその通りだと信玄が納得した。 何色を示したのは幸村と、を信用していない一部の家臣団であった。 「無理に行く必要は無いでござる」 「別に無理はしてないさ。借りはさっさと返しておくに限る」 もし巻き込まれて死んだとしたそれまでだったと言う事で、仮にそこで薬師としての仕事が出来たら、ここを出て一人でもやって行けるだろう。 「さぁて、どうなるかねぇ」 幸村とは違った意味で、心配している佐助を僅かに睨み、は凝った空気を吐き出すように深呼吸をした。 ー幕ー |