着いた先は立派な館。 館に住むから『お館様』ね、とどうでも良い納得をしつつも、としては当てが外れた。 幸村のいう『お館様』はこんなにでかい館に住むような人間ではなく、そこそこ金のある程度の人間だと思っていたのだ。 ここまで館がでかいと、逆に自分の身が危ない気がしなくもない。 寛大な人物なら良いが、ここに来るまで見た様子だと、最悪斬り捨てられそうな気がする。 幸村も武器を持っているし、館の人間も刀を持っているし。 今までは農村で快く分けて貰った着物を被っていたが、いくら髪の色や格好が目立つからと言ってここで隠すと、無礼だの曲者だの言われそうなので、とりあえず着物は手に持って姿を晒した。 もうここまで来たらやけくそである。覚悟を決めて中に入ると、意外なほどに幸村は高位の人間である事が伺えた。 男達に入るのを止められるかと思ったが、を見て不思議そうな顔をするものの、止められることはなく、すんなりと入れてもらえた。 「おう、帰ったか幸村!!!」 「只今戻りましたお館様ぁぁぁぁぁ!!!」 そのやり取りはなんだが親子のようだが、顔が似ていないので血のつながりはないのだろう。 暑苦しく良く分からない名前の呼び合いを半ば呆然と眺め、ようやく体格の良い『お館様』がこちらに目を向けたので一礼する。 「初めまして、 と申します」 「おう、よく来られた。わしは甲斐の虎、武田信玄じゃ!」 武田信玄、と言う言葉にやはりここは戦国時代なのかと分かりたくもない事実をさらに認識し、嘆息が出かかったがそれを飲み込んで挨拶を返す。 早速、幸村がのことを説明してくれたが、案の定どうにも要領が得ない説明で、が順を追って簡単に説明をした。 目が覚めたら山に居て、それから幸村にあったということ。 この時代の様々な様子を見て、自分が未来かもしくは違う次元から来たらしいと言う事。 そして、幸村の好意でここに来たということ。 どうして自分がここに居るのか、どうしたら戻れるのかは自身でもわからないということ。 簡潔に、今分かる事だけを述べると、信玄は唸った。 「うむ、良く分からぬが、嘘とも違うようだしのう……とりあえず信用しよう」 とりあえず、第一段階の身の安全については大丈夫なようで安心した。 この場に居る二人以外の人間には快く思われないだろうが、それでもずっとここに居るわけではないだろうから、気にする事ではない。 「ありがとうございます。それで、今後の身の振りですが、とりあえず服だけでも提供いただければ、あとは放って頂いても構いません」 今は返せないが、少なくとも服さえあればどうにでもなる。 言葉は通じるのだし、住み込みでどこかで働くなり身一つでどうにでもなるだろう。 素性の知れないものを家においておく、というのも居心地が悪いだろうし、こちらとしてもただで置いてもらおうなどと、虫のよいことは思っていない。 が、の予想に反して帰って来たのが、大きな笑い声だった。 「うむ、おぬしの言い分は最もだが……しばらくここに住むがよかろう!!」 「おぉ! 流石はお館様!!!」 人の話しを聞いていたかと突っ込みたくなったが、勝手に話が進んでゆく。 「何もせずに世話になるのが嫌なら、ここで仕事をすればよい! わしはおぬしを気に入った!!!」 「……そんなどうでも良い理由で?」 は頭を抱えたが、そうと決まれば、と幸村はどこかへ走っていってしまった。 「知らぬ世界は不便であろう。嫌なら出て行っても良いが、慣れるまでここにいるぐらい構わぬだろう」 思ってもいなかったその言葉に、はしばし悩んだ。 身一つでもどうにかなるかもしれないが、それでも刀を持っている人間が普通にいる時代だ。こちらの常識を知らねば、何処で生活するにも無理が生じる。 ならばこちらの常識を理解して、身一つでやっていけるようになるまでここに世話になった方が良いかもしれない。 しばし考えた後、は姿勢を正して頭を下げた。 「では、しばらくの間お世話になります。よろしくお願いいたします」 普段は粗野な言葉遣いだが、も一応この程度の挨拶ぐらい出来る。 「うむ、よかろう」 鷹揚に頷いた信玄に、少しだけは息をつく。 とりあえず、衣食住の確保は出来、不安が全て解消されたわけではないが、一日目は慌ただしく過ぎていった。 ー幕ー |