ゆらりゆらりと煙が立ち上る。 現代でも年の瀬ともなれば静かな物だが、この戦国時代ではもっと静かだった。 灯りは蝋燭の灯だけが灯り、場内は静まっている。 この時代でも除夜の鐘があり、仲の良い武田軍は一部の者を残して総出で近くの寺に詣でている。 はと言うと、誘われてはいたのだが断っておいた。 ここに来てからと言うもの、つくづくこの時代の人間と自分の体のつくりが違う事を想い知らされた。 「ちょっと歩く」のちょっとの距離が半端なく遠かったり、おまけに厳しい冷え込みに数枚の着物を重ねるだけで凌げたり、便利な生活に慣れてしまっているはなかなかそれに追いつく事は出来ない。 そのせいか、城では薬師なのもあって病弱と思われている。 だが、その思わせておけば無理に戦に引っ張って行かれる事もないし、武田道場なる鍛錬に参加させられない。 幸村に連れられてふらりとやってきた己に、敵の間者ではないかと不審な眼を向けられていたが、この体力のなさの御蔭でその疑いも晴れ、ある意味都合も良かった。 煙草を胸深く吸い、ふっと窓の外に向けて吐き出す。 消えかけの火鉢ではもう暖は取れそうにないし、起きていると寒さが身にしみる。 そろそろ寝付こうと煙管の灰を落とし、煙管を仕舞ったところで、部屋に影が降りた。 「もう済んだのか」 の問いに、すっと蝋燭の明かりに照らされた佐助は幾分疲れた様子だった。 「まぁね。まったく、こっちとしてはそうそう浮かれても居られないってのに」 佐助としては、夜の街道を歩くと言うだけでも、何時狙われるか解った者ではないと警戒していたのだろう。 だが、幸村も信玄公もどちらかと言うとそう言った事をあまり気にする方ではない。 甲斐の地で仲間と騒ぐのがよほどうれしいのだろう。 「まぁ、何事もなかったけどね」 と言う事は静かな時間ももうそろそろ終わりと言う事だ。 この後はどうせ一晩酒盛りが続くに違いない。 「そりゃあ良かった。じゃぁ寝られなくなる前に、俺は寝る」 ここは皆が集まる大広間からは遠い。 寒いが布団に入ってしまえばどうってことはないし、翌朝きちんと挨拶をすればよいのだ。 それに、他所者がいては彼らもこちらを気にするに違いない。 「って、どうせ寝れてないんでしょ。昼間に結構うたた寝してるし」 鋭い佐助の指摘に、はついっと顔を逸らす。 確かに最近は寝付けない事が多い。 布団自体も現代の物とは違うし、屋敷の造りも事なるので、寒い物は寒い。 昼間の方が日が出ている分、まだ暖かかったりする。 流石忍と言うところか、見ていないようで良く見ている。 「それならさ、向こうで一緒に年を越せばいいじゃない」 「俺がそういう場が苦手なの知ってるだろ?」 積極的に混ざらないのは、時代が違う人間だから、と言うのを引いても元々大人数の集まりが好きではないからだ。 「そうだろうな、とは思ったけどさ。向こうの方が暖かいし、放っておいてくれなさそうなんだよね」 佐助の声にかぶせるように、どたどたと賑やかな足音が響き、スパーンと景気良く襖が開いた。 「!! お館様や皆が集まっている、お前も来いっっ!!!」 さっと佐助はに打ち掛けをかけると、幸村が腕を引く。 「解ったから、強く引くなって」 子供のようにはしゃぐ幸村に、どこか母親のように後ろから佐助が付いて来る。 やんややんやと賑やかな声が聞こえる大広間に行けば、暖められた部屋で酒宴が開かれていた。 先ほど帰って来たばかりのはずなのに、もう酔っぱらっているやつもいる。 「おう、も来たか!!」 信玄の言葉に、周りの者たちも集まり、賑やかな声に囲まれる。 賑やかなのには慣れないが、暖かいのはありがたい。 「まぁ、たまにはいいもんでしょ」 何だかんだ言って、来てみれば思ったほど悪くはない。 だが、それを言うのは癪なので佐助に「まぁな」とだけ答えておく。 賑やかな声が響く中、新しい年がゆっくりと始まる。 ー幕ー |