はふーっと溜息をつきながら暦を眺める。 迫る二月十四日。 日本の風習にはないが、二月十四日は ボンゴレと連絡を取り合っていたため、伊太利亜語には慣れているが、生粋の日本人であるはあまりなじめないでいる。とはいえ、日本に居座る絵にかいたような伊太利亜男は豪く気にしているらしい。 曰く、この日は長い歴史があり、基督教の聖人の名前が冠してあるが、恋人たちが愛を伝えあう日なのだという。 何故そんなことをが知っているかといえば、伊太利亜男――もといジョットから遠まわしにそんな話をされたからである。 言葉として欲しいといわれてはいないが、頼んでもいないのに熱心に語ってくれたところを見ると、何がしか期待しているらしい。 一応、男同士ではあるが世間一般で言う恋人という関係になって久しい。 おまけに、色々な思惑があったにせよ、わざわざ伊太利亜から日本に渡航して移住までして傍に居てくれたのだから、やはり何か礼を兼ねて贈るべきなのだとは思う。 多分、渡したら渡したで付けあがるに違いないが、差しのべられた手を取ったのは自分なのだし、惚れた弱みというべきか余り無碍にもできない。 とはいえ、掻い摘んで話を聞いただけで、具体的に何をするかというのはイマイチ良くわからない。 ぼんやりと花を贈るだとか、食べ物を贈るだとかを聞いたが、あちらとこちらでは手に入る物も違うのでさっぱり解らない。 日本だと人に贈るには縁起が悪い花だとかがあるが、大陸の事までは解らないのが悩みの種だ。 一応、西洋人にも人気のあるという薔薇辺りが妥当かもしれない。 何だかんだいいながら、乗せられてそれを楽しんでいる自分も相当毒されている気がする。 二月十四日が楽しみであった。 目が覚めて、ふわりと漂う香りにはくすくすと笑う。 ちらりと香りの元を辿ると、花瓶に活けられた薔薇の花が見事な大輪の花を咲かせている。 身なりを整えてから、朝食の前に薔薇に向き合う。 活けられた薔薇の棘は丁寧に除かれ、やることといえば綺麗に束ねるだけだ。 水を切り、色とりどりの紐で茎を束ねてゆく。 向こうの花束の形とは違うかもしれないが、それでもそれなりに見栄えもよく、快く提供してくれた植木屋の主人に感謝する。 その花束を手に、廊下を歩いていると、するりと後ろから抱きすくめられる。 最初はいちいち反応していたも、流石に会うたびの事なので一週間ほどでもう慣れた。 ジョットはつまらないと漏らしていたが、それでも邪険にしていないので飽かずに何か付けてくっ付いてくる。 「おはよう。今日は一段といい香りがするな」 ジョットの言葉には笑う。 「おはよう。今日は くるりとジョットと向き合い、大輪の薔薇の花束を見せると琥珀色の瞳が大きく見開かれた。 遠まわしに催促しておいて、本当に貰えるとは思っていなかったらしい。 表情も豊かたな西洋の人間と違って、日本人は表情を隠すのはうまい。もそれは自負しており、今日まで計画はおそらくジョットにばれていないはずだ。 「受け取ってくれますか?」 そっと薔薇を差し出すと、ジョットはじっと沈黙していた。 反応がないので何かまずかったかと若干不安になった時、ぐいっと体を引き寄せられる。 抱きすくめられて、花束とジョットの顔が近くなり一段と濃密な香りが鼻腔をくすぐる。 頤を持ち上げられ、口唇が塞がれる。 「 耳元で囁かれた言葉に、は体を震わせる。 「楽しみに待ってろ」 不敵に笑ったジョットは、手の甲に口づけを落とし、薔薇を抱えて颯爽と立ち去っていた。 今夜は、眠れそうにない。 ー幕ー |
イタリア語注釈
Buon San Valentino ヴォン・サン・ヴァレンティーノ……バレンタインデーの事
Festa degli innamorati フェスタ・デッリ・インナモラーティ……恋人たちと愛を確かめ合う日
Non ti faccio dormire per tutta la notte ノン・ティ・ファッチョ・ドルミーレ・ペル・トゥッタ・ラ・ノッテ……今夜は寝かさない