不器用なバレンタイン

 もう辺りは黒一色に染まり闇の支配を受けていて、窓の外は寒そうに木々が風に揺れているのが見える。

 まだ冬の気配が残るこの時期は昼間は賑やかな喧騒に包まれる廊下も、夜ともなれば人の気配はなく静かでこの静けさが結構好きだった。

 部屋の中が温かかったから薄着で廊下に出てきたのを少し悔やんだが、今更取りに行くのも億劫でこのまま寒いのは我慢する事を決めた。

 まだ半袖では寒い二月に薄着で部屋の外をふらついているのは特別な理由などはなく、ただ顔が見れるかと思って部屋を訪ねたが留守で無駄足を踏んだというだけの事。

 は小さく息を吐き出して窓に映る自分に目をやった瞬間、ばさりと後ろから何かが被せられて視界を遮った。

「何ぼけっと突っ立てるんだよ」

 目の前は暗く閉ざされて姿が見えなくても、声を聞けば誰かはすぐにわかる。

 瞳はいつでも神田をずっと見て、耳は声が遠くても追っていたから。

 ぶっきらぼうで取っ付きにくいと思っていたのに、いつからか姿が見えないと心配したり同じ任務だと嬉しく思うようになっていた。

 友人という関係から恋人という関係に変わった今もその思いは変わらない。

「散歩……かなぁ」

 呟くような小さな声で言ったにも関わらず聞こえたらしく、被せられた神田の上着を掴むと目の前に眉間に皺を寄せた神田がいた。

 鍛錬をしていたのか手には六幻が握られていて、少し神田が汗をかいているのに気付く。

 回りにも厳しい口調が有名だが、自分自身にはそれ以上に鍛錬から全てにおいて厳しい瞳で見つめているのだろう。

 こんな時間まで鍛錬しているのは神田ぐらいのものではないかと思う。

「そういう事にしといてやるよ」

 神田は肩頬を歪めてそう言うと、こちらを見る事もせずに目の前の自室の扉に手を掛けた。

 上着を持ったままどうしらいいのかと立ち尽くすと、神田は苦笑してドアを開けて振り返った。

「入れよ、

「あ、うん」

 ベッドに机があるだけの神田の部屋は持ち主を現しているようで、さっぱりとしている反面でいついなくなってもいいように物が置いてないようにも見えて少し悲しくなる。

 この部屋に入るのも今まで片手で足りるほどしかなく、いつもどうしていいやらわからずに迷った挙句にベッドに腰掛けた。

 神田はそんなの反応を目を細めて優しく見つめていた。

「お前、甘いの好きか?」

「うん?好きだけどあるの?嫌いじゃなかったっけ」

 珍しい問いかけに小首を傾げて聞き返すと、嫌な事を思い出したのか神田は無言で小さな箱を差し出したきり黙りこんでしまった。

 手のひらにのせられたのは綺麗に包装された箱で、いかにもバレンタインのチョコ売り場にありそうな可愛らしいもの。

「これ、誰から貰ったんだ?」

「違う。お前、今日が何の日か考えろ」

 舌打ちしながら乱暴にベットに腰掛けた神田を見ながら、は今日一日を思い出してみたが神田の誕生日という事もなかったはずだ。

 仮にそうだとしても貰ったプレゼントをにそのままあげるというのもないはずだと思った。

 思考が止まったのがわかったのか神田は呆れ顔になったが仕方なく重い口を開いた。

「バレンタイン」

「バレンタイン?……まさか神田が用意してくれてたなんて思わなかった」

「あーそうかよ。じゃ、いらないんだな」

 へぇと目を細めてこちらを見つめる瞳は微かな苛立ちを含んでいて、慌ててチョコレートを奪われないようにしっかり抱きしめた。

 日付なんてこの教団にはあってないようなものだが、最近リナリーがコムイにチョコをあげるんだといっていたような気がする。

 神田が甘いものが嫌いだと知っていたから、特別何かしようとも思わなかったがちゃんと準備しておけば良かったと思っても遅い。

「ごめん、何も用意してなかった」

「別に。見返り欲しいわけじゃねぇよ」

 くしゃりと頭の上に大きな手が乗せられ、柔らかく髪を撫でられる。

 最近神田が髪を触るのが好きらしいと気付いたのはいつだったか忘れてしまったが、は人に甘い行動をしない神田だからこんな些細な触れ合いが嬉しくて仕方なかった。

「食べていい?」

「どうぞ?」

 一つ口の中に入れれば甘い味が広がり、嬉しくて神田を見るとそのまま後ろのベッドへと横になっていて、甘い匂いで具合でも悪くなったのかと思い顔を覗き込むと少し照れたように横を向かれる。

 もしかしたら買うときも渡す今も神田なりに迷っていたりしたのだろうか。

 そう考えるといつも仏頂面の神田が可愛く見えて仕方が無かった。

「ありがと。おいしい」

「ならいい。一ヵ月後の三倍返し楽しみだな」

「う、わかったよ」

 了承を得ると神田は人の悪そうな笑みを浮かべて、の頬に手を伸ばしてゆっくりと唇をふさいだ。

「甘い……」

「チョコ食べた後だから仕方ないだろ。キスする神田が悪い」

 そう反論すれば神田の瞳が面白いものを見たように見開くと、そのあとゆっくりと神田の指がの髪に触れてそのまま口付けを落とされた。

「くくっ、お前といると退屈しねぇな」

 きっとその神田の顔をは忘れる事は出来ないだろう。

ー幕ー

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