三月だというのにまだ肌寒くてコートが手放せなくて、天真は風をもろに受けてしまうバイクで来たことを若干後悔したが、車を持っていない高校生の身分であり電車という混み合う交通手段は避けたかったから仕方が無い。 天真はバイクの後ろにを乗せて、街中をすり抜けるように走っていた。 今日は三月十四日で世間で言うホワイトデーであり、から貰った時計とチョコレートのお返しをすると決めた日だった。 「ねぇ、天真何処に行くの?」 「内緒。もう少し我慢してくれ」 信号待ちをしている時、に行き先を尋ねられたがここで言ってしまっては楽しみが半減するような気がして、天真は笑みを浮かべての手の上に自分の手を重ねた。 本当はどちらかの家に行って暖かく過ごすのも考えたが、折角のホワイトデーでプレゼント交換だけというのも面白くないと思ったのが先週の事。 それから具体的に決まるまで時間はかからなかった。 「ほら、着いたぞ」 「え?」 バイクを走らせること十五分、市街地から少し離れた場所に洒落たレストランが姿を現した。 giorno specialeという店は知り合いがバイトしている店で、そんなに広くはないが料理も美味しくて天真も何度か足を運んだ事があった。 今日連れてこようと思ったのは、落ち着いて食事できるからというのもあるが店の名前が特別な日という名前で今日にあっているのではないかと思ったからだった。 いつもとは違う日くらいちょっと贅沢してみてもいいだろう。 「、入るぞ」 「うん」 中に入れば少し暗めの照明に落ち着いたピアノの音楽が流れていて、大人な雰囲気が漂っているが天真は店員に目配せすると勝手に足を進めた。 一人で来るのと人を連れてくるのとでは、同じ店なのに何か違うような気がするのは自分だけだろう。 ましてや友人ではなく自分の一番大切な人なら尚更、失敗はしたくないし喜んでもらいたい。 天真は窓際の席に座るとちらりとを盗み見た。 メニューを見ているは嬉しそうで、やはりここに決めてよかったと思い、天真は内心友人に感謝した。 テレビや雑誌に載っているわけではないが、やはり休日ともなれば混むほど人気だったから待つことになるのは覚悟していた。 それを知った友人がオーナーに口を利いてくれ、普段予約は滅多に取らないそうだが今回だけ特別に席を空けてもらっていた。 「決まったか?」 「うん。どれも美味しそうで迷うけど」 ふふっと笑った顔が可愛くて、天真はにやけそうになる頬を隠すようにちらりと外に目をやった。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、と天真は幸せな気分で店を後にした。 「ありがとう。楽しかった」 「俺もだ。楽しかった」 天真はこのまま帰るのには勿体無くてどうしようかと迷ったが、結局近くの喫茶店に入る事にした。 「さっきのお店落ち着いてていいお店だったね。天真、よく知ってたね。よく行くの?」 「あぁ、知り合いが働いてて雰囲気いいから時々行くけど。どうしてもお前を連れて行きたかったんだ。喜んでくれてよかったよ」 天真は照れながらそういうと、ずっとポケットに入れていた小さな箱を取り出してに渡した。 「ほんとは帰り際に渡そうと思ったんだけどな。これお前に」 何をあげたらいいのかわからなくて、ふと見つけたアクセサリーショップにに似合いそうなシルバーの唐草模様のリングが目に留まった。 結局、衝動的にペアで買ってしまって天真は自分に苦笑するしかなかったが、それでも良いかと思った。 「……いいの?」 「いいも悪いも、の為に用意したんだぜ?お前が貰ってくれなきゃ困るって」 「ありがと」 大事そうに両手で箱を包み込んだを見て、天真はやっぱり可愛いなと思った。 一緒に京へ行ったときは、ただの友人くらいにしか思ってなかったのに、こんなに心の大部分を占める存在になるとは思いもしなかった。 京とこっちで違うことは解っているはずなのに、どうしてこっちに帰ってきてから毎日会えないのかとそんな事ばかり考える自分が嫌だった。 それがの顔を見たり声を聞けば、すぐにそんな気持ちが吹き飛んでしまうのが自分でも呆れるほどだが嬉しいのも本当で。 そんなに自分は弱くなかったはずなのに、の事になるとこんなに心が揺れるのはそれほどを思っているからだろう。 「どうしてだろうな。お前といる時時間が足りないような気がするのは」 少し感傷に浸りながら天真が口を開けば、当たり前のようには声を上げて笑った。 「仕方ないんじゃない?京じゃ学校もなかったし四六時中一緒みたいな感じだったし。でも俺はこっちも悪くはないと思うよ。天真が怨霊と戦う事もないし。会えない時間が愛を育てる事もある、だろ?」 くすくすと楽しそうに笑うがやけに眩しく見えて、要は考え方かと天真は妙に納得してしまった。 離れていてもを好きなことには変わりはなくて、天真が思ってるくらいが天真を思っていると知ってしまえば些細な事のように感じてしまう。 「お前には負けるよ、本当に」 「惚れた弱みってやつでしょ」 暫くお互いを見つめたかと思うと、二人で声を上げて笑った。 ー幕ー |